桜花彩麗伝

 念を押して圧をかけたが、結局のところ王は容燕の言葉を反故(ほご)にした。
 “体調が優れない”などと見え透いた言い訳を用い、玉漣殿へは近づこうともしない。今後もそのつもりなのであろう。
 これでは蕭家が月前(げつぜん)の星に終わり、笑いものになりかねない。

 容燕は何もかもが気に食わなかった。憤りを通り越し、憎しみすら覚える。
 その傍らで(はなは)だ呆れ、失望してもいた。もはや王には何も期待できない。
 所詮は傀儡(かいらい)に過ぎないということを、図に乗っている彼に思い知らせてやらなければ。
 その役目に徹するほかに存在意義などないのだから。

「……帆珠、そなたはこの父をどう思う?」

「え? それはもちろん、誰より尊敬して誇りに思っておりますわ」

 想定外の問いかけにやや意表(いひょう)を突かれたが、帆珠は正直に答えた。

「ならば、わたしに従い、何もかも言う通りにできるな?」

 確かめるような口調でありながら、有無を言わせない威圧感がある。
 どことなく不穏な雰囲気に飲まれ、怖々(こわごわ)と頷いた。

「何をすれば……」

「ただちに王の子を身ごもれ」

 心臓がどきりとした。言いたいことは分かるが、いまの状況を(かんが)みれば望みは薄いと判ぜざるを得ない。
 さらには御子(みこ)を授かったところで安泰ではないと、春蘭が寵愛(ちょうあい)を失ったことで示されてしまった。
 あれほどに溺愛されていた彼女でさえそうなのだから、帆珠が懐妊(かいにん)しても余計に(うと)まれるのみであろう。

「悔しいですが、わたくしでは力及ばず……」

「誰があやつと子をなせと?」

「え……?」

 父の言わんとすることが理解できず、帆珠は不可解そうに眉を寄せた。
 ふと身を乗り出した容燕は、低めた声を落として続ける。

「そなたが懐妊したという事実さえあればよい。分かるか?」

 色の深い双眸(そうぼう)に捉えられ、帆珠の瞳が揺れた。
 ────すなわち、身ごもるのは王の実子でなくとも構わないということだ。
 淑妃という立場上、宿した子の父は王以外に考えられない。誰しも自ずとそう判断する。
 実情がどうあれ“王の子”に仕立て上げることは、容燕にとってさほど難しくなかった。

「そんな、こと……」

 動揺を隠せない帆珠はすっかり狼狽(ろうばい)してしまう。
 いくら何でも危険極まりない反逆行為である。
 八方塞がりな現状を打破(だは)する唯一の(すべ)だと分かっていても、偉大なる父の言葉であっても、すぐには頷くことができなかった。
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