桜花彩麗伝



 禁苑(きんえん)で王と(かい)した芙蓉は、いつもの通り親しげにそばへ寄った。
 しかし“いつも”であれば柔らかく微笑んでくれるところ、今日は一瞥(いちべつ)をくれただけで表情を変えない。
 何か気にかかることでもあるのか、心ここに在らずといった具合に見受けられた。

 そのことをいくらか訝しんだものの、そんなことを気にしている場合ではなかった。
 真相が露見(ろけん)した際の対抗策を連中が打ち出してくる前に、さっさと王に明かしてしまうべきだ。

「お聞きですか? 蕭淑妃さまのご懐妊(かいにん)のこと」

「……ああ」

「お祝い申し上げます────と言いたいところですが、僭越(せんえつ)ながら、何やら裏があるのではと存じます」

 眉をひそめ、やや遠慮がちに切り出す。
 果たして王は怪訝そうに「裏?」と聞き返した。

「左様です。実はわたくし……見てしまったのです。蕭淑妃さまが、夜な夜な宮廷を抜け出しているところ」

 はっと彼が瞠目(どうもく)する。
 険しい表情で思索(しさく)(ふけ)る横顔を、芙蓉は満足気に見上げた。
 蕭家の悪辣(あくらつ)な性質を身に染みて理解している王が、()()()()へ至るのにそう時間はかからないと見た。

「……誠か?」

「はい。何やらやけに人目を忍んでいるようでした」

 大きく頷いてみせると、手を添えつつ耳元に顔を寄せ囁く。
 疑惑が確信へと変わったはずである。あとは王の手により蕭家が滅ぶ様を見届けるのみだ。
 すっかり甘心(かんしん)した芙蓉は笑みを深めた。



     ◇



 桜花殿を訪ねてきた朔弦を迎え入れ、円卓を囲んで腰を下ろす。
 彼に促されるままに人払いをすると、朔弦はいつにも増して謹厳(きんげん)な表情で口を開いた。

「蕭帆珠が身ごもったことは、おまえも既に聞いただろう。それに関して重要な話がある」

 隙のない語り口に身構えつつも、春蘭は続きを待つ。

「子の父親についてだが、陛下ではないかもしれない。いや、むしろその可能性が高いだろう」

「え……!?」

 信じられない思いで瞠目(どうもく)した。
 煌凌と帆珠の子ではない────いったい、どういうことであろうか。

「尚薬局の記録書や内官の話からして、辻褄(つじつま)が合わないんだ。陛下との子だとは考えづらい」

「じゃあ……まさか、托卵(たくらん)ということですか?」
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