桜花彩麗伝

 芙蓉は懸命に言葉を探した。この窮地を覆すに至る糸口を探った。
 しかし、結局は突き刺さる数々の非難や侮蔑(ぶべつ)の眼差しに屈し、崩れ落ちるようにしてその場に膝をつく。
 項垂(うなだ)れた折、緩んでいたのか髪から(かんざし)が落ちた。
 鈍く銀色に光るそれは、芙蓉に終焉(しゅうえん)を告げていた────。

「これが答えだ」

 王はそう言うと、立ち並ぶ百官らに向き直る。

「この事件の黒幕は才人であり、鳳貴妃は陥穽(かんせい)(はま)ったに過ぎぬ。余が罰するべきは才人であり、その悪質な謀計(ぼうけい)(かんが)みるに酌量(しゃくりょう)の余地はない。よって、才人の地位を剥奪(はくだつ)し、冷宮へ送るものとする」



 かくして、陥落(かんらく)した芙蓉は冷宮へ移る前に錦衣衛で尋問を受ける運びとなった。
 一時の栄華(えいが)はあまりに儚く、邯鄲(かんたん)の夢から覚めたいま、呆然と放心していた。
 錦衣衛の一室へ通されると、兵が言う。

「鳳貴妃さまが最後におまえとお話ししたいそうだ。こちらへ向かっておられるから、少しここで待ってろ」

 ぞんざいなもの言いには慣れていたはずであったのに、零落(れいらく)した現実を突きつけられたようで虚しい思いがした。
 彼が出ていき、部屋にひとりとなると、自然と頭に浮かんだのは春蘭のことであった。

 ────いまから七年前、芙蓉が当時仕えていた屋敷では、下人は奴隷(どれい)のごとき扱いを受けていた。
 主人の命令は絶対であり、立つ、座る、話す、いかな行動も彼らの許可がなければ一切認められなかった。
 人間としての権利を何もかも取り上げられ、芙蓉は彼らの所有物でしかなかった。
 どこの家も下人の扱いなど大差なかったかもしれない。しかし、幼い芙蓉に耐えられるものではなかった。

 芙蓉の母親はその屋敷の下女であったが、父親のことは何も知らない。
 ともかく生まれた頃から運命は定められており、母親と同じく過酷な人生を歩む以外に道などなかった。

 悪趣味であった屋敷の主は、たびたび下人らをもの笑いの種とした。
 ほんの退屈しのぎに無茶を求められては、最低限保っていた自尊心を何度も何度も踏みにじられた。
 芙蓉の人一倍強い劣等感は恐らくそれに由来する。
 生まれを恥じ、生き様を恥じ、先のない人生で数えきれないほど絶望した。

 そんなある日、唯一の肉親であった母親が亡くなった。
 膳に髪を落としたという些細な理由で主の機嫌を損ね、怒りのままに斬り殺された。
 忍耐に忍耐を重ねてきた芙蓉は、しかしとうとう限界を迎えた。
 このままでは自分も死ぬ。殺されてしまう。
 母と同じ道筋をたどるほかない自分には、同じ結末が待っているのだ────あまりの恐ろしさから、気が狂いそうになりながら無我夢中で屋敷を逃げ出した。
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