桜花彩麗伝

「ただし、大々的に証すには証拠がない……?」

「その通りだ」

 紫苑の言葉に朔弦は淡々と頷いた。
 尻尾を掴んでも表へ引きずり出すには至らない、蕭家の常套(じょうとう)の流れである。

「────わたしにお任せください」

 春蘭は朗々(ろうろう)と名乗りを上げた。
 こんなことは過去に幾度となくあり、お陰で彼らの卑劣(ひれつ)なやり口や自身の()(すべ)は心得ている。
 これほど大いなる一手に出たことを思うと、連中の大胆さの裏にあるのは“焦り”であることを察するに余りあった。
 その隙を突けば簡単に揺らぐ。
 特に、激しい気性とは裏腹に気の小さい帆珠こそが、砂上の楼閣(ろうかく)を切り崩す糸口となるであろう。



     ◇



 玉漣殿。長椅子で横になっていた帆珠に、取り次ぎの声がかかる。
 訪ねてきたのは春蘭であった。
 芙蓉の存在によって危ぶまれたことは何ら起こらず、王の心を取り戻したどころか以前にも増して寵愛(ちょうあい)を受けていると(もっぱ)らの噂である。
 顔を合わせたくなどなかったが、激しく罵ったり嫌悪したりする気力ももはや湧かなかった。

「……あんたが何の用?」

 こんなことであれば、芙蓉は春蘭を追い落としてから退場して欲しかったものだ。
 しかし、結局のところあの女は王に利用されただけであったのだろう。春蘭を排するような技量などもとよりなかった。
 彼女に向けていた憎しみは、またしても春蘭に向く羽目となった。

懐妊(かいにん)のお祝いをまだあなたに伝えてなかったと思って」

 こともなげに言った春蘭は卓子(たくし)を挟んで椅子に腰を下ろす。
 帆珠の心を複雑な暗色が覆う。しかし、あくまで王の子であると主張している以上、強気に出るべきであった。
 そうと分かってはいたが、不安定な感情は言うことを聞かない。

「別に……」

「あんまり嬉しそうじゃないけど、どうかしたの?」

 ふらりと逸らした視線を彼女に戻した。
 どことなく含みのあるもの言いは、案じてくれているような言葉に反し、試すようなそれである。
 心臓が冷えた。
 まさか、何か勘づいているのではないであろうか。
 帆珠が動揺に青ざめると、春蘭はふと思い出したように言う。

「そうだ。些細なことだから、気にするべきじゃないとは思うんだけど……」

「何よ?」

「あなたの診察をした侍医が、何だか妙な様子だったわ。懐妊について何かを訝しんでるような────」
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