桜花彩麗伝

第二十八話


 夜が明け、身支度を整えた春蘭は円卓についた。卓上には既に朝餉(あさげ)の用意がなされている。
 汁ものに浸していた銀の(さじ)を手に取った紫苑は、驚愕のままに春蘭を(かえり)みた。

「お嬢さま……!」

 慌てたその声に、櫂秦も寄ってくる。
 彼の手にある匙は黒く変色しており、何らかの毒が入っていることを示していた。
 近頃は特に念を入れて注意深く毒の確認をしていた紫苑であったが、それが功を奏したようだ。春蘭が口にする前に判明してよかったと内心で安堵する。

「……間違いなく帆珠の仕業でしょうね」

「だろうな。今度はマジの毒を仕込んできやがったか」

 謹厳(きんげん)な表情で言った春蘭に櫂秦は大いに頷く。紫苑もその結論に異議はなかった。

「念のため、尚食局の女官たちを問いただしてみてくれる?」

 ────かくして膳を作った尚食局の女官らを詰問(きつもん)したところ、果たして帆珠の命令で毒薬を混ぜ込んだことを白状した。
 一連の経緯(いきさつ)を聞き及んだ王は、錦衣衛のみならず羽林軍を動員し、帆珠を玉漣殿に禁足(きんそく)するよう勅命(ちょくめい)を下した。



     ◇



「春蘭!」

 毒を盛られたことを案じ、煌凌は桜花殿へ駆けつけた。
 禁苑(きんえん)で出迎えた春蘭の肩に手を添え、その様子を窺う。

「大事ないか……?」

「ええ、口にする前に分かったから平気。心配してくれてありがとう」

 春蘭が変わりなく微笑をたたえており、心底安堵して息をついた煌凌がそっと離れると、ふと牆壁(しょうへき)のあたりに人影が現れた。
 官服(かんふく)をまとう清らな青年────淵秀は謹厳(きんげん)な面持ちで礼を尽くす。

「恐れながら、主上と貴妃さまにお話がございます。お許しいただけますか?」



 殿内へ通された淵秀はふたりとともに円卓を囲んだ。
 橙華の配した茶をひとくち含むと、摯実(しじつ)な様子で姿勢を正す。

「して、話というのは?」

「蕭淑妃さまのお子のことです。非礼を承知でお尋ねしますが、本当に主上の御子(みこ)なのですか?」

 思わぬ問いを受け、返答に(きゅう)する。
 しかし、尋ねていながら既に確信を持っているようにも見えた。すなわち、王の子でないことを淵秀も勘づいている。

「……なぜ聞くのだ」

 彼の真意が読めず、煌凌は聞き返した。この重大な事実を迂闊(うかつ)に明かすわけにはいかない。

「もし、僕の推測が正しければ────子の本当の父親と(おぼ)しき男とは交流がありました。友人だった彼は、少し前に亡くなってしまったのですが」

 淵秀の言葉にまたも衝撃を受けた。
 朔弦の調べにより、とある蕭派の公子(こうし)が不審死を遂げたことが明らかになっていた。
 まさかその男と淵秀に繋がりがあったとは。
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