桜花彩麗伝
     ◇



 尋問場の設けられた錦衣衛に、禁足(きんそく)されていた帆珠が連行されてきた。
 結わえた髪は乱れ、化粧も剥がれ落ちていたが、まとう衣だけは変わらず上等なそれである。
 極限まで追い詰められた帆珠の、かろうじて保っている自尊心を表しているようであった。

 ずらりと周囲を取り囲む兵らは、油断なく彼女の一挙一動を見張り、上座(かみざ)に設けられた椅子に腰を下ろす王もまた、厳しい眼差しを注いでいる。
 場には容燕と航季も参上しており、さらには銀子(ぎんす)入りの箱を抱える淵秀の姿もあった。
 おもむろに王は彼の方を見やる。

「────白淵秀に命ずる。その手にある銀子の出どころと、そなたの見聞きしたことを嘘偽りなく述べよ」

 一礼で応じた彼は、毅然として口を開く。

「僕の旧友は、ある娘から持ちかけられた托卵(たくらん)の申し出に応じ、報酬としてこちらの銀子を受け取っておりました。ですが、娘の懐妊(かいにん)が判明すると、彼はほどなく遺体となって発見されました。状況や彼の言動からして、相手の娘は……蕭淑妃さまであったと考えるのが妥当かと存じます」

 兵たちは衝撃を受けたように互いに顔を見合わせ、帆珠を横目に何ごとかを囁き合った。
 喧騒(けんそう)は次第に大きくなり、場を包み込んでいく。

 帆珠は目を見張り、わなないた。
 まさしく的を射ている淵秀の証言を、咄嗟に覆すだけの反論が浮かばない。頭が真っ白になる。
 到底許されざるその不義(ふぎ)が、いま大々的に(おおやけ)となってしまった。

「蕭淑妃。恐れ多くもそなたはその公子(こうし)との間になした子を御子(みこ)と偽り、余を(あざむ)き、国に混乱をもたらした。さらに、そなたの罪はそれだけに留まらない」

 既に崖っぷちにいる帆珠を、王は淡々とますます追い詰める。

「鳳貴妃に堕胎薬(だたいやく)を盛り、子を流さんと仕組んだ。冷宮でも自らを(かえり)みることなく、復位(ふくい)のため彼女や亡き才人を利用した。果てには毒薬を用い、鳳貴妃の命を狙った────」

 妃として高位に就いていながら、上に立つ者の規範を示すことなく、己の欲や嫉妬心に突き動かされ続けた。
 邪悪な性分(しょうぶん)(もっ)て悪行の限りを尽くした。酌量(しゃくりょう)の余地などない。

「よって、本日をもって淑妃の地位を剥奪(はくだつ)する。……それと同時に、そなたには賜死(しし)を命ずる」

 王族とは無縁の、その血を微塵(みじん)も継いでいない子を御子(みこ)瞞着(まんちゃく)した反逆行為が決め手となり、容赦のない断罪を施すに至った。

 しかし、それは帆珠の独断でなく、背後に潜む黒幕がいるはずである。具体的には、父親である容燕が。
 彼までもを断罪の場へ引きずり出すにあたり、今日の日のことが端緒(たんしょ)となるであろう。
 後宮や王室を掌握(しょうあく)するための帆珠という切り札を失う上、いくら容燕とて連座(れんざ)で罪に問われることを免れ続ける(すべ)はない。
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