桜花彩麗伝
     ◇



 朔弦が不在の隙を突き、旺靖は悠景の執務室を頻繁に訪れていた。
 増長(ぞうちょう)した鳳家を相手取るにあたり、意をともにする者同士、情報の共有を兼ねた密談は欠かせない。

「それで、どうだった? 宰相殿や春蘭殿に監視をつけた結果は」

「鳳宰相は無難って感じで特に変な動きはないっすね。……ただ、お嬢の方は正直怪しいっす。入内(じゅだい)してからも、割と何度かお忍びで出かけたりしてるみたいで」

「初耳だな。もしかして、蕭航季が差し向けた刺客(しかく)に襲われたっていうあのときも?」

「ええ、そうっす。外出の許可も取ってないし、陛下もあとから出かけてたことを知ったみたいっすよ」

 無論、宮外へ出たことそのものを怪しんでいるわけではない。
 王族や側室の外出を禁ずる規則があるわけでもなく、正式に許可を取れば咎められることはない。
 春蘭であれば王にひとこと願い出るだけであっさりと允許(いんきょ)されるであろうに、わざわざ無断で抜け出しているという点が不審でしかないのである。

「……確かに妙ではあるけどな。かといって、じゃあ春蘭殿が鳳宋妟を(かくま)って面倒見てんのかっつったら、それは安直に結びつけすぎだよな? そんな危険(おか)して匿うなら、鳳派総出で協力するだろうしよ」

「まあ、そうっすね……。でも、鳳派が一丸(いちがん)となってるなら、蔵匿(ぞうとく)し続ける必要なんてないんじゃないかとも思うんすけど。だって、あれだけの力があるんすもん。冤罪なら冤罪だって(おおやけ)に証明した方が有利になるし、そうじゃなくても揉み消すことくらいわけないでしょ」

「それもそうだな。……ってことは、奴の生存を前提とすると、生きてることを知ってるのは鳳派の中でも一部の人間だけってことか。そいつらが鳳宋妟を隠して守ってる」

「そこにお嬢が含まれてる可能性は十分あるっすね」

 神妙な面持ちをつくりながら旺靖は言う。
 彼女が最後に宮外へ出たのは、それこそ黑影の襲撃に遭った日である。
 そのひと悶着(もんちゃく)のせいで結局、春蘭らは宮殿へとんぼ返りしてしまい、その目的も行き先も分からずじまいであった。
 そのため、彼女が次に抜け出すときをいまかいまかと待っているところである。

「……てか、本邸は無理だとしても大将軍ほどの権限があれば、別邸くらいには兵を送れるんじゃないっすか?」
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