桜花彩麗伝

 突飛(とっぴ)ながらまるきり的外れとも言いきれないことを口にした旺靖を見やり、悠景は眉を寄せる。

「そこで鳳宋妟が見つかれば(おん)の字だし、見当ちがいで問題化されたとしても適当に言い訳すればいい。大将軍は陛下の信頼も厚いし、余裕で乗りきれるはずっすよ」

「……言い訳って、たとえば?」

「罪人を追ってて、その罪人が鳳家別邸に逃げ込んだからやむなく踏み込んだ……とか、どうすか?」

「なるほど、そりゃ十分だな」

 納得すると同時に満足したように悠景は頷く。
 かくして話していると実感するが、旺靖はかなり頭が回るようで賢い。
 その軽薄(けいはく)な口調や態度に騙されそうになるものの、一貫性と意外な怜悧(れいり)さを悠景は買っていた。本来、一介の兵に留まるような器の男ではないであろう。

「ただ、ちょっと待ってください。考えたんすけど、鳳宋妟を見つけたとして、ただ捕まえるだけでは弱い……。お嬢が怪しいなら、お嬢を罠にかけません?」

 にやり、と不意に影のある笑みをたたえた旺靖は、おもむろに(ふところ)に手を入れた。
 折りたたまれた一枚の料紙を取り出すと、悠景の目の前で広げて掲げる。
 玉璽(ぎょくじ)の押された、すなわち王の許可が下された上奏文(じょうそうぶん)であった。
 内容は、鳳家の荘園(しょうえん)である丹紅山およびその(ふもと)にある堂へ踏み込む許可を()うものである。

「こんなもん、どうやって……」

玉璽(ぎょくじ)を押すことくらいわけないんですよ。本物でも偽物でも、どっちだって構わない。大将軍でさえ、ひと目で見抜けないんですからね」

 この現物が手元にあるだけで、悠景が兵を動かす正当な理由になる。
 笑みを深めた旺靖は挑発するように言った。
 軽薄な語り口でなくなると、腹の底が見えない不気味さが際立ち、悠景は思わずぞくりとしてしまう。

「よく聞いてくださいね。大将軍が俺の言う通り動いてくれれば、お嬢は自分から尻尾出しますよ」



     ◇



 出先から戻った夢幻は、丹紅山の麓にある通りへさしかかったところで足を止める。
 普段は人気(ひとけ)のない場であるが、いまばかりは多くの人影が行き来していた。それも兵服(へいふく)をまとう羽林軍の兵たちである。
 彼らが堂へ踏み込んでいく様を眺め、怪訝(けげん)に思いながら秀眉(しゅうび)を寄せた。

 錦衣衛であればともかく、なぜ羽林軍が動いているのであろう。
 穏やかならない雰囲気は、逃亡生活を送っていた日々を思い起こさせる。
 死を装うことで追跡を逃れたが、生き延びたことを嗅ぎつけられたのであろうか。いまになって捜索を再開するに至ったとなると、その可能性は高いように思われた。
 しかし、羽林軍が主導しているということが引っかかる。まさか王の命令でもあるまい。

 いずれにしても、丹紅山に目をつけられたとなれば、追っ手は既にすぐ背後まで迫ってきていると見て間違いない。
 ()()()()堂を空けていたことで難を逃れたが、早急に手を打たなければ三年前の惨劇を繰り返す羽目になる。

 夢幻はひとまず物陰に身を潜めるべく慎重にあとずさったが、その瞬間にひとりの兵が顔を上げた。
 彼の双眸(そうぼう)が夢幻を捉えると、つと人差し指の先を突き刺される。

「捕らえろ!」
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