桜花彩麗伝




 ────往来(おうらい)を歩いていた光祥は、人波を割るように駆け抜ける数人の男たちを捉えた。羽林軍の兵らのようだ。
 驚いたことに、彼らに追われているのは白銀の髪をそなえる見知った人物である。

「夢幻……?」

 ひとりでにこぼれ落ちる。
 ちょうど堂を(おとな)うところであったが、その主がなぜ兵などに追われているのであろう。
 見えなくなるまで目で追いながら思わず立ち尽くしてしまったが、はたと我に返ると踵を返した。
 とにかく尋常ならざる様子に胸騒ぎを覚えながら、地を蹴って駆け出した。



 以前、櫂秦が教えてくれた抜け道を使い、光祥は宮廷へ飛び込んだ。
 桜花殿まで一目散に後宮を駆け抜けるが、その小門までたどり着くと門番兵に止められる。
 両脇に立つふたりの門番兵は互いの槍を交差し、光祥の進入を阻んでいた。

「春蘭!」

 声を張って叫ぶと、ほどなく殿内から彼女が飛び出してくる。紫苑と櫂秦もあとに続いてきた。
 春蘭の頷きを受け、警戒を解いた門番兵が下がっていく。

「光祥、どうしたの? そんなに慌てて……」

「理由は分からないが、さっき夢幻が兵士たちに追われてたんだ。何か事情を知っているなら────」

 聞き終わらないうちに、血相(けっそう)を変えた春蘭は駆け出していた。
 瞬く間に小門を潜り、みるみるその後ろ姿が小さくなっていく。

「お嬢さま!」

「おい、春蘭! 待てよ!」

 慌てる紫苑や櫂秦の制止もどうやら耳に届いていないようである。
 それぞれ困惑したように目を見交わし、その場に立ち尽くした。



     ◇



 罪人名簿を手に蒼龍殿へ赴いた悠景は、王と謁見(えっけん)していた。
 旺靖の用意した筋書きに従い、あらかじめ決めていた台詞を口にする。

「陛下、聞いてください。丹紅山の(ふもと)にある堂……鳳家の持ちものであるそこに罪人がいて、鳳家の人間が(かくま)ってるかもしれない」

「罪人?」

 宋妟に関する記述を提示してみせると、煌凌は難儀な表情をたたえる。
 彼の存在を知らないではない。当時、宋妟の処遇を決めたのは容燕であった。
 弟を亡くした元明はしかし、彼が罪人として扱われていた手前、その悲しみを表に出さないよう努めていた覚えがある。
 その宋妟が実は生き永らえていただけでなく、鳳家に蔵匿(ぞうとく)されていた可能性が出てこようとは。

「陛下だって分かってますよね? 罪人を匿うのは重罪だ。いくら鳳家を寵愛(ちょうあい)してたって、王としての責任はしっかり果たしてもらいますよ」

「しかし……にわかには信じられぬ。証拠でもあるのか?」

 秀眉(しゅうび)をひそめる煌凌を見やり、悠景は思わしげに口端を持ち上げる。

「だったら、一緒に来てください。恐れ多くもそんな重罪を犯してきた罪人をその目でご覧になって、陛下自ら捕縛(ほばく)の許可を」
< 551 / 597 >

この作品をシェア

pagetop