桜花彩麗伝

第三十一話


 王をこの場へ連れてきた張本人である悠景も、遅れて堂の敷居(しきい)を跨いだ。
 衝撃に魂を抜かれたかのごとく、硬直したまま動かない春蘭と煌凌を眺め、春蘭へもう一度目を戻す。
 青ざめた顔を強張らせ、あまりの動揺に見張った瞳が揺れていた。
 旺靖の思惑通り、まんまと罠に(はま)ったようだ。興がるように悠景は口角を上げる。

「これはどういうことだ、悠景。なぜ春蘭がここに……。それに、この者は……」

「見ての通りですよ。その男こそが宋妟にちがいねぇ。貴妃殿がずっと(かくま)ってたってことでしょう。罪人を蔵匿(ぞうとく)してた恐れ知らずは貴妃殿だったんです」

 惑うような表情の春蘭は眉根に力を込め、視線を宙に彷徨わせた。
 すっかり冷静さを失っていたが、状況から(かんが)みるに、夢幻を追っていた羽林軍を指揮していたのは悠景であったのであろうと思い至るにさほど時間はかからなかった。
 とはいえ、かくして煌凌までもが戸惑っているところを見ると、王の指示というわけでもないようである。

 しかし、なぜ彼らが────。
 なぜ、夢幻のことが露呈(ろてい)したのであろう。
 なぜ、この堂を嗅ぎつけられたのであろう。
 なぜ、悠景のみならず煌凌までもがこの場へ現れたのであろう。
 駆け巡る様々な“なぜ”に混乱しながら、しかし何も言えない。
 悠景の言葉は何ら間違っておらず、責められる立場にあるのは春蘭である。
 夢幻が罪人であることを悟りながら、それでも信じる選択をした。国法(こくほう)に背いても守る判断をした。
 煌凌や悠景がこの状況を目の当たりにしてしまった以上、言い逃れる余地もない。

「どういうことなのだ、春蘭」

「…………」

 彼の声色は窺うようで、縋るような眼差しを向けられていることが俯いていても分かった。
 こんなときでも頭ごなしに批難することなく、耳を傾けようとしてくれる優しさがかえって心苦しい。

「……知らなかった。そうであろう? この者が罪人だということも、手助けすることが罪だということも。あるいは、この者に脅され従うほかなかった。そうなのだな?」

 思わず一歩踏み込み、煌凌はそう言った。
 信じたくない。信じられない。ほかの何よりも春蘭のことを信じているからこそ、願望が口をついた。
 唇を噛み締め瞑目(めいもく)した春蘭は、ややあって小さくかぶりを振る。

「……ごめんなさい」
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