桜花彩麗伝

第三十二話


 左羽林軍の屋舎(おくしゃ)前にはずらりと兵が連なり、尋問を見届けるべく王も居合わせた。
 引きずられるような形で、満身創痍(まんしんそうい)の宋妟が連行されてくる。
 艶を失った白銀の髪は半ば朱に染まり、色白の肌には冴えるほど赤い傷が目立つ。
 この場に春蘭や元明がいなくてよかったと、煌凌は思わずにいられなかった。痛手を負った血まみれの彼の姿に耐えられないはずである。

「……いくら何でもやりすぎではないか」

慈悲(じひ)を施す必要などありませんよ、陛下。権威をお示しに」

 そばに控えていた悠景にたまらずこぼすが、彼はあっけらかんと諌言(かんげん)を返した。
 口を噤み痛ましげな表情をたたえる煌凌を、朔弦は遠巻きに眺める。類した心境で目を伏せた。

「────これより、鳳宋妟に対する尋問を始める」

 そう合図をした悠景の目配せを受け、兵らは宋妟を御前(ごぜん)(ひざまず)かせる。
 全権を有する悠景は堂々と歩み出た。

「十年前の貴様の罪について、偽りなく述べるがいい」

「……わたしの罪は、黒幕の罠を看破(かんぱ)できなかったことです」

 宋妟は衰弱していたものの、気概(きがい)を失ってはいなかった。
 毅然と顔を上げると、怪訝(けげん)な面持ちとなった悠景を見据える。

「書庫の門番を(あや)めて火を放ち、わたしを罪人に仕立て上げた黒幕に……屈するほかなかった。鳳家を守るためには、逃げるしかなかった」

 事実、あのとき宋妟が捕らわれていては、彼を陥れた黒幕(蕭家)が一丸となってありもしない証拠を捏造(ねつぞう)し、歪曲(わいきょく)した真実をつくり上げていたにちがいない。
 宋妟が無実を訴えたところで誰が信じるであろう。
 (しか)らば非難の的となった鳳家の栄誉や名声は地に落ち、蕭家と拮抗(きっこう)できるだけの勢力も失っていた。
 鳳家という家門を守るにあたっては、己を殺し、隠遁(いんとん)し続けるという宋妟の選択は英断(えいだん)であった。

 その一件が原因で手こずっていた鳳家の権威立て直しが、いまにしてようやく叶ったところであったが、こたび掘り返され露見(ろけん)したのは痛手としか言いようがない。まさに痛いところを突かれた。

「“鳳宋妟(わたし)”は蕭家の餌食(えじき)となり、冤罪で殺されたのです」

 彼が罪人である証拠はなく、同時に罪人でないという証拠もない。
 十年前の状況証拠はいまや無効であり、また、宋妟自身の主張も徴証(ちょうしょう)となりうるほどの客観的な説得力を伴っているわけではなかった。
 罪を問うも不問に付すも、いっそう慎重な判断が求められる。
 王は謹厳(きんげん)な眼差しで彼と向き合っていた。
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