桜花彩麗伝

 それでも、自身が問答無用で追われる羽目となった経験や声高(こわだか)に無実を訴えてもねじ伏せられたことにより、自分だけは彼らの言葉を疑いたくなかった。
 もとより世に失望していた宋妟にとっては、それが正義であった。
 形式的に裁くだけの、最後まで責任のとれない正義感ほど信用ならないものはない。力を持たない者にとっては迷惑以外の何ものでもない。

 ────場に落ちた痛切な静寂をものともせず、宋妟を見下ろした旺靖は嘲るように(わら)う。

「本末転倒ですね。……結局、あんたはその手で罪を犯してたんだ」



     ◇



 宋妟の尋問が終わると、彼の身柄はひとまず左羽林軍の獄舎(ごくしゃ)に戻された。
 春蘭もまた桜花殿で禁足(きんそく)となり、それぞれ処分を待つ運びとなった。

 一時的に拘留(こうりゅう)されていた紫苑と櫂秦が桜花殿へ戻ると、春蘭は摯実(しじつ)な態度で頭を下げる。

「……ごめんなさい、ずっと黙ってて」

 宋妟に関して全容を把握していたわけではなかったが、知りうることのすべてを明かさず、隠し通す判断をした。
 それがかくも大事(おおごと)に発展してしまい、彼らのことも巻き込んでしまった。

「……仕方ねぇよ。そりゃ簡単に打ち明けられるような秘密じゃねぇもんな」

「ええ。夢幻さま……いえ、宋妟さまを守るには賢明なご判断だったと思います」

 降ってきた優しい声に顔を上げると、懸命に言を紡ぐ。

「でも、紫苑や櫂秦のことを信用してないわけじゃないのよ」

「ああ、分かってる。真実を隠してたのはおまえの優しさだ。……きっと、同じだよ。秘密を作られるのも、それを隠して抱え続けるのも、同じくらい辛い」



     ◇



 執務室で几案(きあん)に向かう悠景は、険相(けんそう)で苛立たしげに額を抱えていた。
 宋妟という鳳家の弊害(へいがい)を突き、御前(ごぜん)での糾問(きゅうもん)を断行したが、結局のところ確実に罪を立証する証拠は挙げられていない。
 確かに追い詰めはしたが、勝利を確信できるだけの手応えはなかった。

「……鳳家贔屓(びいき)の王は冤罪だと判断するかもな。牢破りの件は自白を得られたからともかく、十年前の一件はこのままなあなあで済ませるやも」

「ありえますね。いっそ、証拠をでっち上げるべきだった」

「じゃあ、鳳宋妟も貴妃も大した罪にはならないんじゃねぇか? 鳳家を追い詰めるには足りないどころか、むしろ(うみ)が出たことでいま以上につけ上がるかもな……」

 慨嘆(がいたん)する悠景の焦燥(しょうそう)は旺靖にも理解が及ぶ。
 かつて当初は朝廷に参入してすらいなかった宋妟を、それでも危険視し警戒し手を回した蕭家を思えば、彼の器量は大いに恐るるに足る。
 彼ほど有能で優秀な人才(じんさい)を解き放つことになれば、王は要職に登用(とうよう)するかもしれない。
 直系の鳳家一門であることも厳戒(げんかい)に値した。
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