桜花彩麗伝

 義をもった悠景の言葉に、場の士気(しき)が目に見えて上がった。
 謀反(むほん)ではなく政変────貴妃に執心(しゅうしん)し、その家門を優遇する盲目で暗愚(あんぐ)な王を排し、(しか)るべき新王を立てる。
 国を衰亡(すいぼう)から救う、大義名分は十分である。

「殿下は今上を凌ぐ傑物(けつぶつ)でいらっしゃる。玉座は殿下にこそ相応(ふさわ)しい……。これは、国と殿下があるべき姿を取り戻すための戦いでもあります」

「さあ、ともに盟約(めいやく)(さかずき)を交わしましょう」

 白い酒瓶を取り出した旺靖を、しかし煌翔は静かに制した。
 おもむろに(ふところ)から料紙(りょうし)を取り出すと、書卓(しょたく)の上に広げる。(すずり)の横から筆を取り、墨を含ませたそれを彼らに差し出した。

「……何です?」

「“連判状(れんぱんじょう)”と言えば分かりやすいかな。意をともにする同志の名を書き連ねるんだ」

 不敵な笑みをたたえる煌翔に対し、旺靖は訝しげに眉をひそめる。

「……俺たちを疑ってます?」

「まさか。誤解しないでくれよ。これはきみたちの功績が等しいことを示すと同時に、革命の(あかつき)には功臣(こうしん)たちの名簿になる」

 煌翔の言葉を受け、同志らの士気がいっそう上がった。
 政変を成し遂げたそのとき、名のある彼らは英雄として持て(はや)されることとなろう。名声や権力を(ほしいまま)に、栄誉の人生へ飛躍する。
 悠景は窺うように旺靖を見やる。果たして彼は(えつ)()り、口端を持ち上げた。

「そういうことなら……喜んで」

 筆を受け取ると、揚々と記名する。
 同志らが順に料紙を回し、彼らの名で埋まっていく様を眺めた煌翔は目を細めた。



     ◇



 本邸へ帰還した悠景は、自身の部屋で剣を磨いていた。
 蝋燭(ろうそく)の灯りを弾く白刃(はくじん)を掲げ、とくと眺める。
 静かに開かれた扉から入ってきた朔弦は、卓子(たくし)につくことなくその場で一礼した。

「お呼びですか、叔父上」

「……ああ」

 剣を(さや)へおさめた悠景は謹厳(きんげん)な面持ちで彼を見やる。

「今晩、決起(けっき)集会が開かれた。我々は殿下を新たな王に立てるべく政変を起こす」

 大胆不敵な発言と明目張胆(めいもくちょうたん)な決断を目の当たりにしても、朔弦は冷徹に表情を変えなかった。
 本質を見損なっている彼が、いずれかように過激な暴論に至ることは予想の範囲内であった。
 正否はともかく、叔父の主張は心得ている。何を言うべく自分をここへ呼んだのか、そして意を(こと)にすると承知の上で手の内を明かした真意も。

民心(みんしん)は惑わされやすく、移ろいやすいもの……。おまえなら分かってくれるだろ? 協力してくれるよな」

「────……」

「決行は明日。俺が天下を取ってやる。ともに新たな世を見ようぜ」
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