桜花彩麗伝

 彼はそう言って微笑む。再び顔を見合わせた煌凌と春蘭は、ほっと心から安堵した。
 悠景や旺靖のどんな言葉にも惑わされることなく、煌翔は信念を見失わず大義(たいぎ)を重んじたのであろう。
 以前口にしていた言葉に重みが増す。彼自身は変わってなどいなかった。
 王が衛士(えじ)らに目配せすると、彼は拘束の手から解放される。
 繰り広げられる剣戟(けんげき)捕縛(ほばく)された逆徒(ぎゃくと)らが連行されていく様相を、それぞれ謹厳(きんげん)に眺め見届けた。

(朔弦さま……)

 反乱軍に剣を振るう彼を見やる。先ほどもまた、彼に救われた。
 ほかでもない悠景の一刀を受け止め、弾いた心境を思い、春蘭は目を伏せる。

 煌凌もまた彼に思いを()せた。
 途方もない葛藤(かっとう)を経て選んだであろう道を、後悔させることのないよう、いっそう強い覚悟を決さなければ。



     ◇



 ほどなく騒動は鎮圧され、謀反(むほん)は失敗に終わった。反乱軍の身柄は羽林軍の獄舎(ごくしゃ)に収容される。
 主犯格である悠景と旺靖は地下牢へ送られ、厳重な監視の上に何人(なんぴと)(かい)することを禁じられたが、特別に王の許可を得た朔弦は悠景のもとを訪れた。
 悠景はそっと見上げる。その眼差しを受け、朔弦は静かに屈んだ。

「朔弦……」

「……以前を思い出します。叔父上とわたしは(いわ)れのない罪で捕らえられ、牢に入れられたことがありましたね」

 格子(こうし)に手を添え、その向こうにいる叔父を見やった。
 回顧(かいこ)した悠景は、ふと小さく笑った。

「懐かしいな、檻の中はこんな心地だったか。まさか二度も入ることになるとはな」

「あのときとちがうのは、実際に罪を犯したということ……。いまの叔父上は正真正銘の罪人です」

 悠景はやわい笑みを浮かべたまま、その言葉を聞いた。
 それから静謐(せいひつ)な声色で「朔弦」と再び呼ぶ。

「なぜ、あんなことを?」

 蒼龍殿前の折と異なり、憤然(ふんぜん)激昂(げきこう)することはなかったが、問われていることは同じであろう。
 なぜ、悠景の意に背き反乱軍に剣を向けたのか。なぜ、王の側についたのか。
 なぜ、悠景を裏切ったのか。
 一拍ののち、朔弦は口を開く。

「わたしはようやく存在意義を見つけたのです。この国のため、陛下に尽くしたい。……叔父上の影として生きるのではなく」

 その答えを意外そうに受け止めた悠景は、それから頷いた。

「……そうか。変わったな。だが、それだって“欲”じゃねぇか?」

 少しく前、悠景の野望を欲であると言いきった彼にそう突き返す。
 朔弦はわずかな沈黙ののちに毅然と顔を上げた。

「そうかもしれません。ですが、叔父上とちがって私欲ではない。陛下が必要としてくれる限り、わたしは己を信じ続けます」
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