桜花彩麗伝

 立ち上がった朔弦は無一色の顔を和らげ、端正(たんせい)な微笑をたたえていた。
 悠景は驚く。長らくともに過ごしてきたが、彼のそんな表情は初めて目にした。

「叔父上に心から感謝しています。幼いわたしを引き取り、面倒をみてくださったこと。いついかなるときも一番に信頼してくださっていたこと……」

 一蓮托生(いちれんたくしょう)の命運は分かたれた。
 もう、悠景の懐刀(ふところがたな)として隣に立つことは二度とない。これからはひとりだ。
 ふ、と悠景は破顔(はがん)した。

「……ぜんぶ、おまえの言う通りだったな。あのとき、おまえの最後の忠告を聞いてれば……なんて後悔は情けねぇな」

「叔父上……」

「おまえがいなきゃ俺はこんなザマだ。おまえを必要としてたのは俺だったんだよ。朔弦、感謝してる。これまで、ばかな俺を支えてくれて」

 朔弦は思わず目を落とし、深々と(こうべ)を垂れた。彼に尽くす最後の礼だ。
 踵を返してからは振り向かなかった。
 頬に一筋伝った涙を拭う。しかし、そのうちにまた流れてくる。きりがないのでやめた。
 彼と出会い、ともに過ごしてきた十五年近い歳月に思いを()せながら、地上へと続く長い石階段を上っていった。



 ────反乱軍は、証拠である連判状をもとに残らず断罪された。
 同志たちは処刑され、首謀者であった悠景と旺靖は遠流(おんる)ののちに斬首刑(ざんしゅけい)に処されることとなった。

 護送用の軒車まで旺靖を連行した莞永は、その戸を閉めてから手を止める。
 格子(こうし)の向こう側にいる旺靖を見据えた。

「……旺靖、それはちがうよ」

 唐突な言葉に、彼は怪訝(けげん)そうに莞永を見返す。
 捕縛(ほばく)した折、信じるんじゃなかった、と口にしていた旺靖。
 しかし、それはちがう。そうではない。
 煌翔を信じたせいで落ちぶれたわけではない。彼に裏切られたわけではない。

「きみは信じればよかったんだ」

 (しか)るべき相手を見定める眼識(がんしき)を有していながら、欲と邪心(じゃしん)がそれを曇らせた。
 誰を信じるべきであったのか、本当なら分かっていたはずなのに。
 少しく瞠目(どうもく)していた旺靖は、ややあって自嘲気味に笑う。

「そっか……。俺は“勝者”を見誤ったんだな」
< 575 / 597 >

この作品をシェア

pagetop