桜花彩麗伝
立ち上がった朔弦は無一色の顔を和らげ、端正な微笑をたたえていた。
悠景は驚く。長らくともに過ごしてきたが、彼のそんな表情は初めて目にした。
「叔父上に心から感謝しています。幼いわたしを引き取り、面倒をみてくださったこと。いついかなるときも一番に信頼してくださっていたこと……」
一蓮托生の命運は分かたれた。
もう、悠景の懐刀として隣に立つことは二度とない。これからはひとりだ。
ふ、と悠景は破顔した。
「……ぜんぶ、おまえの言う通りだったな。あのとき、おまえの最後の忠告を聞いてれば……なんて後悔は情けねぇな」
「叔父上……」
「おまえがいなきゃ俺はこんなザマだ。おまえを必要としてたのは俺だったんだよ。朔弦、感謝してる。これまで、ばかな俺を支えてくれて」
朔弦は思わず目を落とし、深々と頭を垂れた。彼に尽くす最後の礼だ。
踵を返してからは振り向かなかった。
頬に一筋伝った涙を拭う。しかし、そのうちにまた流れてくる。きりがないのでやめた。
彼と出会い、ともに過ごしてきた十五年近い歳月に思いを馳せながら、地上へと続く長い石階段を上っていった。
────反乱軍は、証拠である連判状をもとに残らず断罪された。
同志たちは処刑され、首謀者であった悠景と旺靖は遠流ののちに斬首刑に処されることとなった。
護送用の軒車まで旺靖を連行した莞永は、その戸を閉めてから手を止める。
格子の向こう側にいる旺靖を見据えた。
「……旺靖、それはちがうよ」
唐突な言葉に、彼は怪訝そうに莞永を見返す。
捕縛した折、信じるんじゃなかった、と口にしていた旺靖。
しかし、それはちがう。そうではない。
煌翔を信じたせいで落ちぶれたわけではない。彼に裏切られたわけではない。
「きみは信じればよかったんだ」
然るべき相手を見定める眼識を有していながら、欲と邪心がそれを曇らせた。
誰を信じるべきであったのか、本当なら分かっていたはずなのに。
少しく瞠目していた旺靖は、ややあって自嘲気味に笑う。
「そっか……。俺は“勝者”を見誤ったんだな」