桜花彩麗伝

 また、偽装懐妊(かいにん)の罪も問わなければならない。
 蕭家を追い込む一策であったとはいえ、収拾(しゅうしゅう)をつけるのが遅くなりすぎた。大々的に明かされてしまったいま、もう誤魔化しきれない。
 不用意に王が庇えば、鳳家贔屓(びいき)であると悠景のように反感を持つ者が現れかねなかった。
 王たる威厳を示し(いまし)めるには、正当な処分を下さなければ、謀反(むほん)で揺らいだ世論を立て直すには至らない。
 春蘭と離れたくはないが────。

「……でも、王としてとるべき“正解”は分かっているんだろう?」

 返ってきた言葉に顔を上げ、煌凌は苦しげに秀眉(しゅうび)を寄せつつ口を結んだ。
 光祥は澄んだ表情で言を繋ぐ。

「僕だったら、愛しているものや大切なものは、あえて手放す。再び自分が手にできたら自分のものだし、できなければ最初から自分のものではなかった。……って、諦めるかな」



     ◇



 陽龍殿をあとにした光祥は、表に佇む春蘭の姿を認めた。
 普段とたがわぬ温和な微笑で歩み寄る。

「また、会えてよかった」

「会えると思ってたわ。あなたはいつも、ここぞってときに現れるから」

 その言葉にいっそう笑んだ光祥の、柔らかな表情の中に摯実(しじつ)な色が溶け込む。

「じゃあ、困ったときは迷わず呼んで。これからはきみの歩みたい道を進めばいい。僕はいつだって春蘭の味方だよ」

 身に染みるような優しい言葉に、春蘭はいつかのことを思い出した。

『もし、本気で嫌だって思ったら……そのときは僕が迎えにいく。ぜんぶ投げ出して、ふたりで遠くへ行こう。どこへでも連れて逃げてあげるから』

 妃選びを前に思い悩んでいた頃も、彼はかくして心から気遣ってくれた。
 言葉にせずとも本意を察し、自分でも気づかないうちに求めている言葉をくれる。逃げ道を用意してくれる。
 そんな彼に救われた分だけ、何かを返すことができていただろうか。

「ありがとう。……元気でね、光祥」

「きみも、どうか幸せで」

 遠ざかっていくその後ろ姿を、春蘭は見えなくなるまで見送っていた。
 その中途、一度だけ足を止めた光祥は、しかし振り向くことなく歩んでいく。
 “さよなら”────先の不確かなその言葉を望んでいないことも、彼はとうに悟っていた。
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