桜花彩麗伝

第三十四話


 辛苦(しんく)の面持ちで蒼龍殿の几案(きあん)に向かっていた煌凌は、長い時を経て瞑目(めいもく)していた目を開けた。
 きつく組んでいた手をほどき、深く息をつく。

「……清羽。ここに春蘭を呼んでくれ」

 いくら思い悩んだところで、光祥の言う通り既に答えは見つけていた。
 あとは感情の部分と折り合いをつけ、自身が受け入れるのみである。

「決められたのですか」

 清羽はつい不安気に聞き返した。
 果たして春蘭を手放す判断をしたのか、できるのか、清羽には分からなかった。
 それが王として正しいと言われても、(しか)らば煌凌はどうなのだろう。彼は耐えられるのであろうか。
 清羽と同じ心持ちで、菫礼も思わず彼を窺った。
 ややあって王は首肯(しゅこう)する。

「……ああ。それから、もうひとつ決めたことがある」



 参殿(さんでん)した春蘭は先のように几案(きあん)越しに王と相見(あいまみ)えた。
 清羽や菫礼は脇に(はべ)り、ともに呼ばれた紫苑と櫂秦は殿の後方に控えていた。

 眉根を寄せたまま俯き、険しい表情でこちらに目をくれない煌凌を春蘭は静かに眺める。
 その意を悟った。躊躇と未練が袖を引き、結論へ踏み込むのを阻んでいることも。

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 あえてそう呼ぶと、彼は顔をもたげる。
 ゆらゆらと瞳が彷徨っていた。以前は幾度となく目にしたが、近頃は久しくなっていた迷子のような双眸(そうぼう)
 春蘭はいっそ清然と微笑みかける。
 彼を王たらしめる最後の役目は心得ていた。

「────どうか、王として思うがままのご判断を。どのような罰も甘んじてお受けします」

 それを聞いた煌凌の瞳は悲しげな色を濃くした。一度瞑目(めいもく)し、俯いたのちに毅然と(おもて)を上げる。
 余は王だ。私情を捨て、望みを諦めるための呪文を密かに唱えた彼は、威光(いこう)をまとう王の顔つきになった。

不知(ふち)(いな)かによらず、罪人を蔵匿(ぞうとく)していた罪。また、御子(みこ)懐妊(かいにん)を偽った罪は到底看過(かんか)できぬ。王室を冒涜(ぼうとく)する大罪を犯した鳳貴妃の……地位を剥奪(はくだつ)し、宮殿からの追放を命ずる」

 春蘭は粛然(しゅくぜん)と受け止める。正しい英断(えいだん)を導き出してくれたことに感謝した。
 一方、納得できない様子で気色(けしき)ばんだ櫂秦は不平を口にしようとしたが、すんでのところで紫苑が制する。憤然(ふんぜん)と踏み出そうとするのを、襟首を掴んで引き止めた。
 抗議の眼差しを突き返してくる彼に、静かに首を横に振る。
 と、王は厳重な声色で言を繋ぐ。

「それから、その事実を知りながら貴妃を補佐していた禁軍兵の紫苑ならびに魯櫂秦も、連座(れんざ)で罪に問うものとする。その権利を剥奪(はくだつ)し、懲戒(ちょうかい)免職とする」

 春蘭が後宮を辞すのであれば、ふたりが宮廷へ留まる理由もない。あえて連座としたのはそのためである。
 また、橙華をはじめ桜花殿の女官や内官までもを追放することなく免責(めんせき)したのも、煌凌の温情であろう。最大限の賭けであり譲歩だ。

「そして、もうひとつ」
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