桜花彩麗伝

 王は間を置かずして告げる。

「後宮での淑妃や才人の件、先の王室の悲劇……寵愛(ちょうあい)や権勢を巡る争いの激化を受け、今後はいかなる妃嬪(ひひん)も正妃へ昇格する権利を有さぬものとする」

 以降、改めて勅命(ちょくめい)をもとに詔書(しょうしょ)を発するが、これは煌凌の意思であった。
 その争いの犠牲となった母、欲に取り憑かれ身を滅ぼした太后や妃嬪らを思えば、ここで負の連鎖を断ち切るのが己の使命であろう。
 少なくとも彼の治世(ちせい)では、犯すべからざる成文律(せいぶんりつ)として遵守(じゅんしゅ)していくこととなる。

「こたびの処分もこの掟も、王命だ。何人(なんぴと)も覆すことは認めぬゆえ、すみやかに受け入れよ」

 蒼龍殿に戻った静寂には重厚な気配が伴っていた。
 丁寧な所作で膝を折った春蘭は正式な跪拝(きはい)の姿勢を取り、深く(こうべ)を垂れる。
 長きにわたる戦いが真に終幕したいま、自身もその役目を終えたのであった。



     ◇



 王の下した貴妃への処分と新たに定められた掟が(おおやけ)となった頃、すべてを聞き及んだ元明は彼のもとを訪ねた。
 普段よりも恭謹(きょうきん)に礼を尽くすと、几案(きあん)の上にそっと封書を置く。
 それが辞表にほかならないことは、彼の寥々(りょうりょう)ながら晴朗(せいろう)な表情を見やればすぐに分かった。

「敵は一掃(いっそう)され、主上ももはや孤独でなくなった……。わたしは最後まで傍観することしかしてきませんでした。我が家門を守るべく優先したからです」

「元明……」

「名ばかりのわたしが主上のそばにいる資格はありません。主上にとっても、もうわたしなど必要ない。春蘭が後宮を辞すなら、わたしも宮殿を出て静かに暮らしたい。僭越(せんえつ)ながら、お認めいただけませんか」

 鳳家への反発を完全に封じ込むには、その(おさ)である元明を王自らの手で罷免(ひめん)することが最善であろう。
 宰相ならびに中書令という高位に、実の伴わない状態で元明が就き続けていることが当初より間違いであったのだ。
 自分を切り捨てることが王のためとなろう。

 煌凌は封書を手に取った。
 しかし、中を改めることなく一刀両断すべくふたつに破り捨てた。
 表情を歪めながら手の内でぐしゃりと握り潰し、戸惑いを(あらわ)にする元明を見やる。

「ならぬ。そんな身勝手は許さぬ」

「しかし、主上────」

「何も言うな……! 何も、聞きたくない」
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