桜花彩麗伝
あまりに率直な言葉に驚いて見上げれば、言葉以上にまっすぐな眼差しが返ってきて尚さら戸惑ってしまう。
淵秀はふと案ずるように秀眉を下げた。
「……困らせましたか? でも、もう本心を偽りたくなくて」
実際、その必要もなくなった。春蘭は妾妃という立場でなくなった上、婚姻を控えたふたりは“許嫁”とも言える間柄となり、もはや誰に対する遠慮も無用である。
差し伸べられた手を拒む理由もなく、春蘭は淵秀のてのひらにおずおずと自身の手を重ねた。
「夢のようです。姫さまとこうして過ごせるなんて」
無邪気で嬉しそうな横顔を見上げた。
いつも、一歩下がったようなどことなく控えめな態度でいる彼が、宣言通り本心を顕にしたのだとひと目で分かる。
それだけに、やはりそこに嘘偽りはなく、春蘭は向けられた想いに気づかないほど鈍感ではなくなっていた。
少しく気後れしてしまいながら曖昧に笑み返したとき、ふと高札が目に入った。
そこには一枚のお触れが掲示されている。
「……あ」
妃選びの実施を布告する内容に、図らずもどきりとしてしまう。
王の正妃を選ぶための選別の機会が、改めて設けられるようである。
鳳家をはじめ豪族の一門の姫君はもれなくその対象となるが、通例と異なり禁婚令が発されないということは、意に染まない場合には応じずとも罪に問われることはないのであろう。
口を結んだ春蘭はそっと目を伏せた。
淵秀との縁談のことは、煌凌の耳にも入っているのかもしれない。
それでもなお、春蘭の意思を汲む選択をしてくれたのだ。
いつだってそうだ。彼はどこまでも優しい。
「……参りましょうか、姫さま」
淵秀が手を握る力をわずかに強め、春蘭ははたと我に返る。
気を散らせ、心を乱すような余念を振り払うように「はい」と頷くと、振り向かずに歩を進めた。
瑞々しい睡蓮の葉の浮く広大な鏡池に、花筏が漂っていた。
桜の花びらが降りしきる桃源郷のような光景の中、春の絶佳の景を堪能しながら、向かい合って小舟に揺られる。
そよいだ柔らかな風が頬を撫で、髪を揺らした。
春蘭は手にしていた花模様の傘をもたげ、そこから垂れる紗を分けた。
櫂で舟を漕いでいた淵秀は、目が合うと慈しむように微笑む。
「あたたかい日和が心地いいですね」
「ええ、晴れてよかった」
「雨でも姫さまを迎えにいきましたよ。花時雨も風情があって素敵ですし……姫さまと一緒なら、どんな瞬間もどんな景色も宝物になります」