桜花彩麗伝

 しずしずと庭院(ていいん)へ下りると、開かれた門前にはいつかのように、軒車と馬上の朔弦が待っていた。
 見送りに出てきてくれた父や紫苑、櫂秦に凜然と頷いてみせると、春蘭は軒車へ乗り込む。

「行ってらっしゃいませ、お嬢さま」

 何ら(うれ)いのない晴れやかな面持ちで紫苑は言う。

「負けんなよ。俺たちもそのうちれっきとした武官になって、おまえのこと守りにいくから」

 櫂秦は力強い双眸(そうぼう)で宣言し、自信に満ちた笑みを向けた。
 小窓から彼らを眺め、あたたかみを一身(いっしん)に受けた春蘭は噛み締めながら笑顔で手を振る。

「ありがとう、みんな。行ってきます」



 軒車が動き出すと、護衛を兼ねる朔弦は馬に跨りながら並進(へいしん)した。
 泰然(たいぜん)としつつもどこか優しい声色で言を紡ぐ。

「これからは、鳳家だとか役割だとか気負う必要はない。おまえなら、少しは己を優先しても(ばち)は当たらないだろうからな」

 彼の気遣いをありがたく思い、小さく笑んだ春蘭はそれから不安気に眉を下げる。

「だけど、正直ちょっと怖いです。煌凌がいまもわたしを必要としてくれてるのか、自信がなくて。立派な王さまになった彼は、もしかしたら芳雪を王妃に望んでるんじゃ……」

「呆れたな。おまえは陛下の一番近くで何を見てきたんだ」

 朔弦は言葉通りうんざりしたように息をつき、首を左右に振った。
 つと顔を上げた春蘭に淡々と告げる。

「こちらが気後(きおく)れするほどに陛下はおまえ一筋で、王として過ごす傍ら、おまえを忘れたことは片時(かたとき)もない。だからこそ、(から)の後宮を守り続けているんだ」

 はっとした。それはつい怖気(おじけ)づいていた春蘭を安堵させるには十分な事実であり、これから待ち受けている熾烈(しれつ)な戦いを生き抜くための(よすが)となり得た。
 じんと心が火照(ほて)り、胸が締めつけられる。尚のこと決して負けるわけにはいかない。

「だが、分かっているとは思うが、妃選びには公平を期している。正妃の座は実力で勝ち取ってもらう」

 春蘭を見やる朔弦の双眸(そうぼう)に、きらりと試すような興がるような色が滲んだ。
 当然であろう。かくも高徳(こうとく)賢王(けんおう)として文武百官のみならず民からも信任を得始め、聖君(せいくん)を志している彼が私情を優先して不正を犯すはずがない。春蘭もまた、彼の汚点になどなりたくない。
 とうに覚悟は決まっている。

「はい、もちろんです。わたしは何があっても絶対に諦めません」

 ────そう来なくては。決然たる春蘭の答えを受け、朔弦は満足気に笑んだ。

「上出来だ。期待している」
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