性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
誰かに、優しく肩を叩かれる。
何故か懐かしく感じたその感覚に、類はゆっくりと瞳を開いた。
(…お母さん?)
しかし、そこに母の姿は無く。代わりに視界へと入ってきたのは一人の男の姿だった。
「ようやく、お目覚めかな」
類は徐々に意識の沼から覚醒すると、その場に勢いよく起き上がる。
「ッ!痛ッ…」
突然走った激痛に何事かと頭を抑えると、椅子に腰掛けていた男がゆっくりと立ち上がった。
「無理をするな」
男はそう言うと、類の側にひざまづく。
「まだ、術が解けていない。突然激しく動けば痛みが走る。しばらくじっとしていろ」
類は痛みに顔を歪ませながら頷くと、男の顔を盗み見る。
年は二十代くらいだろうか?
艶やかな黒髪に、アーモンド型の目尻。薄い唇は形よく整えられ、鼻筋は真っ直ぐに通っている。
(…光さんに、似てる)
どこかぼんやりとした感覚の中、男の中に光の面影を感じるていると、男はそれに気づいたのかその綺麗な口元に弧を描いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな…」
男は見かけによらず低い声でそう呟くと、類の前に手を差し出す。
「土御門 蓮《つちみかど れん》だ」
「…土御門って」
「いつも息子が世話になってる…」
類の反応に蓮は言葉を付け加える。しかし、類はそんな事実よりも、その見た目の若さに衝撃を受ける。
(…確か、光さんは37才)
若すぎる。とても37の息子がいる様には思えない。
類は暫く差し出された手を見つめる。彼は本当に光の父親なのだろうか。
暫しの沈黙が流れる。
蓮は一つ溜め息を吐くと、その場に立ち上がった。
「すまない、誘拐まがいな事をしておいて握手は変な話しだったな…」
類はその言葉に我に帰ると、慌てて口を開いた。
「い、いえ!す、すみません!頭がぼーっとしてしまって…」
類の反応に蓮は微かに微笑む。光の話ではかなり悪名高い男といった印象であったが、実際会ってみると、とても人の良さそうな男である。それに、何より顔がいい。年齢さえ分からなければ普通に恋愛対象に入ってしまいかねない。
類がまじまじと蓮の顔を見つめていると、蓮は少々困った様子で微笑んだ。
「そんなに気になるかね?この顔が」
「あ、いや…、すみません…。あまりにもお若く見えたので…その…、狐に摘まれているのかと…」
類は少し動揺した様子で、素直に自分の思いを伝える。
「あぁ、それなら、昔狐と契約をしたことがあってね…、そのせいで年齢が止まってしまったんだ…」
蓮はそう言って顎に手を添える。
「そ、そうなんですか…」
「嘘だよ」
「え…」
まさかの冗談に類は戸惑う。しかし、蓮はどこか可笑しそうに笑いを堪えている。
「いや、すまない…、噂通りの子で嬉しいよ」
「な?!」
本当のことだと信じ込んでしまった自分に恥ずかしさを覚えると、類は気まずそうに視線を逸らした。
「この見てくれは、とある術を使って若造りしているだけさ。君にあまり威圧感を与えたくなくてね。しかし、やはり無理があったかな?」
「…じゃあ、本当に光さんのお父さん?」
「いかにも。」
蓮はそう言うと、一つの椅子を引いて類を手招きする。
「…さて、そろそろ頭痛も治ってきた頃だろ。こちらへおいで。この前仕入れたとっておきの紅茶があるんだ」
何故か断る事に気が引けた類は素直に、それに従う。
「私はこう見えてお茶が好きでね。世界中から色々な茶葉を仕入れるんだが、これは中々に格別だ」
蓮はティーセットを並べ終えると、とても綺麗な所作でカップに紅茶を注いでいく。
「どうぞ。金木犀の紅茶だ」
類はカップに注がれた紅茶を見つめる。色は綺麗な金色をしていて、ほのかに鼻先を金木犀の香りが掠める。
「…」
「どうした?気に入らなかったかね?」
「…いえ、その」
類はその時、ふと夢の中で響いた母の声を思い出す。
【今から会う男を信じては駄目よ…】
カップを見つめたまま固まってしまった類に蓮は小さく溜め息を吐く。
「心配するな、ただの紅茶だ…。それとも何か気掛かりなことでもあるのかな?」
蓮はどこか勘繰る様に尋ねる。
「…えぇ、まぁ。そもそも、私、なんでここに連れてこられたのですか?貴方の目的は一体なんです?」
類はどこか我に帰った様子で、カップから視線を離すと真っ直ぐに蓮の瞳を見つめた。
蓮はその視線を受け止めると、小さく溜め息を吐く。
「君に紅茶は必要なかったか…」
少し残念そうに、そう呟くと蓮は脚を組んで椅子へと腰掛けた。
「では、まどろっこしい話は無しにして、早速本題に入るとしよう。君は言霊使いだ。しかし、実戦を見るに君はいまいちその能力を生かしきれていない…」
光の話ていたとおり、あの洋館で類達の事を監視していたのはこの男であるらしい。
「そこで、提案がある。私が君を言霊使いとして訓練してあげよう。そうすれば君はこの協会で言霊使いとして多くの人を救う事が出来る…」
「多くの人を救う…」
「そうだ。昔は協会にも優秀な言霊使いが居たんだがね…、訳あって辞めてしまったんだ」
恐らく、母の事だ。
「お陰で、それ以来うちには言霊使いが居なくてね…色々と大変だったんだ。息子になんとか訓練を施してはみたものの、やはり本物には足も及ばない」
どうやら、光が言霊を多少なりとも扱えるのはこの父親のお陰であるらしい。
「もちろん、ただでとは言わない。報酬もやるし、住居も提供しよう。協会内での地位も約束する」
昔の自分であれば、さぞ喜ばしい内容である。しかし、今の類はあの時とはだいぶ違う。
「見返りは何ですか?」
類は出来るだけ冷静に尋ねる。
それだけの、リターンがあると言うことは同じだけのリスクが存在している。美味しい話に裏があるのはこの世界の真理そのものである。
「…お前の命。人生そのものを私にくれないか?」
そう言い放った男は悪魔の様な恐ろしい顔をしていた。
何故か懐かしく感じたその感覚に、類はゆっくりと瞳を開いた。
(…お母さん?)
しかし、そこに母の姿は無く。代わりに視界へと入ってきたのは一人の男の姿だった。
「ようやく、お目覚めかな」
類は徐々に意識の沼から覚醒すると、その場に勢いよく起き上がる。
「ッ!痛ッ…」
突然走った激痛に何事かと頭を抑えると、椅子に腰掛けていた男がゆっくりと立ち上がった。
「無理をするな」
男はそう言うと、類の側にひざまづく。
「まだ、術が解けていない。突然激しく動けば痛みが走る。しばらくじっとしていろ」
類は痛みに顔を歪ませながら頷くと、男の顔を盗み見る。
年は二十代くらいだろうか?
艶やかな黒髪に、アーモンド型の目尻。薄い唇は形よく整えられ、鼻筋は真っ直ぐに通っている。
(…光さんに、似てる)
どこかぼんやりとした感覚の中、男の中に光の面影を感じるていると、男はそれに気づいたのかその綺麗な口元に弧を描いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな…」
男は見かけによらず低い声でそう呟くと、類の前に手を差し出す。
「土御門 蓮《つちみかど れん》だ」
「…土御門って」
「いつも息子が世話になってる…」
類の反応に蓮は言葉を付け加える。しかし、類はそんな事実よりも、その見た目の若さに衝撃を受ける。
(…確か、光さんは37才)
若すぎる。とても37の息子がいる様には思えない。
類は暫く差し出された手を見つめる。彼は本当に光の父親なのだろうか。
暫しの沈黙が流れる。
蓮は一つ溜め息を吐くと、その場に立ち上がった。
「すまない、誘拐まがいな事をしておいて握手は変な話しだったな…」
類はその言葉に我に帰ると、慌てて口を開いた。
「い、いえ!す、すみません!頭がぼーっとしてしまって…」
類の反応に蓮は微かに微笑む。光の話ではかなり悪名高い男といった印象であったが、実際会ってみると、とても人の良さそうな男である。それに、何より顔がいい。年齢さえ分からなければ普通に恋愛対象に入ってしまいかねない。
類がまじまじと蓮の顔を見つめていると、蓮は少々困った様子で微笑んだ。
「そんなに気になるかね?この顔が」
「あ、いや…、すみません…。あまりにもお若く見えたので…その…、狐に摘まれているのかと…」
類は少し動揺した様子で、素直に自分の思いを伝える。
「あぁ、それなら、昔狐と契約をしたことがあってね…、そのせいで年齢が止まってしまったんだ…」
蓮はそう言って顎に手を添える。
「そ、そうなんですか…」
「嘘だよ」
「え…」
まさかの冗談に類は戸惑う。しかし、蓮はどこか可笑しそうに笑いを堪えている。
「いや、すまない…、噂通りの子で嬉しいよ」
「な?!」
本当のことだと信じ込んでしまった自分に恥ずかしさを覚えると、類は気まずそうに視線を逸らした。
「この見てくれは、とある術を使って若造りしているだけさ。君にあまり威圧感を与えたくなくてね。しかし、やはり無理があったかな?」
「…じゃあ、本当に光さんのお父さん?」
「いかにも。」
蓮はそう言うと、一つの椅子を引いて類を手招きする。
「…さて、そろそろ頭痛も治ってきた頃だろ。こちらへおいで。この前仕入れたとっておきの紅茶があるんだ」
何故か断る事に気が引けた類は素直に、それに従う。
「私はこう見えてお茶が好きでね。世界中から色々な茶葉を仕入れるんだが、これは中々に格別だ」
蓮はティーセットを並べ終えると、とても綺麗な所作でカップに紅茶を注いでいく。
「どうぞ。金木犀の紅茶だ」
類はカップに注がれた紅茶を見つめる。色は綺麗な金色をしていて、ほのかに鼻先を金木犀の香りが掠める。
「…」
「どうした?気に入らなかったかね?」
「…いえ、その」
類はその時、ふと夢の中で響いた母の声を思い出す。
【今から会う男を信じては駄目よ…】
カップを見つめたまま固まってしまった類に蓮は小さく溜め息を吐く。
「心配するな、ただの紅茶だ…。それとも何か気掛かりなことでもあるのかな?」
蓮はどこか勘繰る様に尋ねる。
「…えぇ、まぁ。そもそも、私、なんでここに連れてこられたのですか?貴方の目的は一体なんです?」
類はどこか我に帰った様子で、カップから視線を離すと真っ直ぐに蓮の瞳を見つめた。
蓮はその視線を受け止めると、小さく溜め息を吐く。
「君に紅茶は必要なかったか…」
少し残念そうに、そう呟くと蓮は脚を組んで椅子へと腰掛けた。
「では、まどろっこしい話は無しにして、早速本題に入るとしよう。君は言霊使いだ。しかし、実戦を見るに君はいまいちその能力を生かしきれていない…」
光の話ていたとおり、あの洋館で類達の事を監視していたのはこの男であるらしい。
「そこで、提案がある。私が君を言霊使いとして訓練してあげよう。そうすれば君はこの協会で言霊使いとして多くの人を救う事が出来る…」
「多くの人を救う…」
「そうだ。昔は協会にも優秀な言霊使いが居たんだがね…、訳あって辞めてしまったんだ」
恐らく、母の事だ。
「お陰で、それ以来うちには言霊使いが居なくてね…色々と大変だったんだ。息子になんとか訓練を施してはみたものの、やはり本物には足も及ばない」
どうやら、光が言霊を多少なりとも扱えるのはこの父親のお陰であるらしい。
「もちろん、ただでとは言わない。報酬もやるし、住居も提供しよう。協会内での地位も約束する」
昔の自分であれば、さぞ喜ばしい内容である。しかし、今の類はあの時とはだいぶ違う。
「見返りは何ですか?」
類は出来るだけ冷静に尋ねる。
それだけの、リターンがあると言うことは同じだけのリスクが存在している。美味しい話に裏があるのはこの世界の真理そのものである。
「…お前の命。人生そのものを私にくれないか?」
そう言い放った男は悪魔の様な恐ろしい顔をしていた。