性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 「それは、本当か?」

 深夜零時を回った頃、光はある一人の人物に電話をかけていた。

 「こんな馬鹿みたいな嘘つくかよ」

 光はスマホを持ちながら、体育座りした両膝に頭をもたげる。正直これが嘘であればどれほど良かったことか。

 「光。悪いことは言わん。もうこんな事は辞めなさい…」

 電話越しの男はそう言うと、盛大に溜め息を吐いた。

 「は?、何言ってんだよ爺ちゃん。もう少しなんだ。あと少しで親父との面会もできたはずなんだ…。こんな所で辞めるかよ」

 光は電話越しに、祖父の獏へと怒りを向ける。一体こんなやり取りを今まで何回してきたことか。

 「だが、光よ。お前はそのせいで一体何人の愛する人を失った?このままでは永遠に終わらんぞ、どこかで諦めねばならんこともある」

 「爺ちゃんはそうやって諦めてばっかいるから駄目なんだ。せっかく能力もあんのに、そうやっていつも諦めてばっかだから協会や親父からも馬鹿にされるんだ…」

 こんなことを言いたくは無い筈なのに、怒りという感情がそれを許してはくれない。

 「光。彼女はまだ生きておる。じゃあ、それで良かったじゃないか。あの男が命を奪わずにお前の元にあの子を返したんだ。彼女には不憫かもしれんが、命を奪われることを考えたらそれで…」

 「言い訳ねぇだろッ!!」

 突然、光は電話越しに怒鳴り散らす。

 「生きてるからいいだと?、記憶を消されただけマシだと?本当にんなこと思ってんのかよ!本当にそれでいいと思ってんのかよ!それで親父への復讐は諦めろだ?そんな筋の通らねぇ話があるかよ!!」

 光は一息に捲し立てると、片方の手で床を殴る。

 「落ち着け。お前は昔から感情のコントロールが甘い。そんなんだから蓮にしてやられるんんだ。ワシは言った筈だ。心の弱さこそ、力の弱さだと…」

 「じゃあ、世の中の強い奴はイカれてんだよ。感情に揺さぶられない人間なんて居ない。いるとすれば、そいつは化け物だ」

 人間はすぐに感情に揺さぶられる生き物だ。

 怒ったり、泣いたり、喜んだり、楽しんだり。

 そういう一連の波があるのが本来の人間の姿なのに、現代ではそれを無かった事にする風潮がある。故に心に歪みが生まれ、心が分断し、あっという間に壊れてしまう。その壊れた心を怨霊は最も容易く弄び、あっという間に人間を破滅させてしまう。

 「どこぞの馬鹿みたいな、天才が、感情はコントロールしましょうとか、それができない奴は頭が悪いとか言ってるだけで、それが正しいかなんてわからない。怒りたい時は素直に怒ったほうがいいし、泣きたい時は素直に泣いたほうがいい。そのほうが自然で歪まない。と俺は思うけどね」

 祖父が言いたいことは、わからなくもない。でも、そのやり方が合う人もいれば合わない人もいる。考え方は人それぞれだ。自分に合ったやり方を選べばいい。

 「光、ワシはお前を否定したい訳じゃない。ワシはお前を助けたいんだ。何故彼女が蓮に記憶を消されたのかはわからない。でも、一つだけ言えることは、このまま進み続ければ間違いなく彼女も失うという事だ。これがどういう意味かわかるな?」

 「あぁ…、分かってるよ爺ちゃん。だから本当は俺も類を解放してやろうと思ったんだ。でも、あいつが続けたいっていうから…、だから俺も…」

 
 少しの希望を持ってしまった。


 父親に復讐し、協会を潰して、彼女と共に穏やかな未来を過ごすシナリオを勝手に描いてしまった。

 期待してしまった。

 勝手に出来ると思い込んでしまった。

 光は頭を抱えて、涙を流す。いつだって父親に敵わない自分が嫌だった。だから、能力のある女の子を味方につけては自分のものにしたかった。


 でも、それは想像以上に苦しかった。


 正式な訓練を受けていない彼女たちは直ぐに消滅してしまい。残されたのは暖かい思い出と孤独だけだった。
 
 しかし、そんな自分の心に蓋をした。

 祖父の言いつけ通り、心の強い人間を演じた。

 何故なら、俺は陰陽師だ。

 陰陽師が過去の思い出に涙していては笑われてしまう。

 陰陽師が女の子に恋をしていては笑われてしまう。

 陰陽師が人の死に動揺していては笑われてしまう。

 そんな思いでずっと生きてきた。

 「…爺ちゃん、俺は出来るだけ、あんたの言いつけを守って生きてきたつもりだ。でも、もう今度こそ無理だ」

 以前であれば、慰め助けに来てくれた類はもういない。

 「少し落ち着きなさい。お前は十分によく頑張ってる。よくやっている。今は少しパニックになっているだけだ。なってしまった事を嘆いても仕方がない。一先ず、二人でゆっくり休みなさい。しばらくは協会からの仕事も受けるな。それからお前に面倒をかけてくる女達とは少し距離を置きなさい。鴉天狗は礼二が何とかしてくれる。いいな?休むんだ。ゆっくりと、金ならあるだろう?その金でどこか気分転換にでも行ってきなさい。話はそれからだ」

 蓮の言葉に、光は小さく頷く。

 「光。ワシはお前の味方じゃ。礼二も、エリカも、誠も、みんなお前に感謝しておる。二人でしっかりと休んだら、一旦、彼女と社に帰ってきなさい。わかったな?」

 「あぁ…、分かったよ爺ちゃん…」

 いつもは適当そうに生きている祖父だが、この祖父の言葉に一体、何度救われたことだろうか。

 光は通話ボタンを切ると、その場に倒れ込むように眠りについた。
  
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