性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
「ウィーっす」
礼二がようやく店の扉をくぐると、中にいた数名の従業員たちが一斉にこちらへと振り向いた。
「お疲れ様です」
「お疲れっす」
「どうも」
各々が礼二へとあいさつを済ませると、一人の女性従業員が泣きそうな顔をしながら礼二に近づいてきた。
「れ、礼二さん…」
「ん?どーした?」
すると、女性従業員は震えた声で「すみません、クレームのお客様が…」と小声で礼二に耳打ちをする。どうやら、中々にこの店での仕事は大変なようだ。
「あーわかった…。俺が対応するから、こいつの事頼んでいい?」
礼二は女性店員にそう言い残すと、私服のままお客様のところへと行ってしまった。
「えっと、南雲さん?だよね?」
「は、はい!南雲類と申します!」
久々に、赤の他人と会話することになった類は少し緊張した面持ちで女性に頭を下げる。
「私、このお店でバイトしている高倉と言います」
そういうと、女は類を更衣室へと案内した。
「まず初めに、ここが貴方のロッカー、それでこの中に入ってるのが制服。店についたらまず制服に着替えて、この鏡で身だしなみチェックしてね。それから、連絡ノートがここにあるから必ず目を通して頂戴」
「は、はい!」
口早に説明をする高倉に、類は慌ててメモを取り出す。すると、高倉は少し不機嫌そうに類からメモを取り上げた。
「メモとかいいから、頭で覚えて」
「…え」
「悪いけど、ここは毎日戦場なの。悠長にメモして覚える時間とか無いから」
礼二の前とは性格の違う高倉の様子に類は小さく「すみません…」と謝罪する。
「まあ、どうせ三日と持たないでしょうけど…」
棘のある言葉に、類の心がずっしりと重くなる。
(この人も気分が重たい…)
昔から類は周囲の人間が持つエネルギーに当てられやすく、気にしなくていい事でも全て背負ってしまう癖があった。
少し泣きそうになりながら、高倉の話を聞いていると、ふと背後に何者かの気配を感じた。
「嫌な女だね、お前を泣かそうとするなんて」
その聞き覚えのある言葉に類は目を見開く。
「こんな場所、さっさと抜け出してしまった方がいい」
(覚……?)
類は小さく心の中で呟く。すると、類の肩にひどく白い手が添えられた。そして、今度は耳元で覚が静かに呟く。
「そうだよ…、それにしても、ここはとても居心地が悪いな」
類は高倉に気づかれないように小さく後ろへ振り向く。そこには白い強装束を身にまとった覚が不愉快そうな顔をして立っていた。
「この女は気を付けた方がいい…。お前を辞めさせる気満々だ」
覚は目を細めると、類の頬に触れようとする。
(やめて…私、もう貴方の事は信用しない)
しかし、類はそれを避ける様に覚から少し距離を取る。すると、覚は分かりやすく顔を顰めた。
「どうやら、あの陰陽師に呪いをかけられたようだね」
覚は仕方なくその場に腕を組んでロッカーに背中を預ける。
(呪い…?)
類は思わず覚の方へと振り向く。
「ちょっと、話聞いてるの?後で聞かれても私説明しないからね」
高倉はどこか気が漫ろな類に、少しの怒りを露わにする。
「ご、ごめんなさい!」
高倉の言葉に、類は慌てて前を向く。しかし、それと同時に、突然高倉が腹を押さえてその場にうずくまった。
「ど、どうかされたんですか?」
突然の事に、類は驚いた表情を見せる。
「……お、お腹が」
高倉は冷や汗をかきながら、痛みに耐えている。あまりに突然の事に類は困った様に覚の方を振り向く。
「…ククク」
すると、こちらは腹を抱えて笑いをこらえている。どうやらこれは覚の仕業である様だ。
(覚、やめて!)
類は心の中で覚に命令するが、覚は相変わらず可笑しそうに腹を抱えている。
こちらの話を全く聞く様子がないと判断した類は、高倉の背中をさする。
「だ、誰か呼んできましょうか?」
「…いい!ちょっとお手洗いに言ってくるから、あんたは今教えたことをちゃんと整理して復習しておきなさい」
しかし、高倉はそんな類の手を払いのけると、お腹を押さえたまま更衣室を後にした。
「…ハハハ!!」
「覚!、貴方一体何したの?!」
高倉が部屋を出てすぐに、覚が声を上げて笑う。
「少し、呪いをかけたのさ。何、出すもん出せばすぐに良くなる」
「貴方ねぇ!」
「それとも、あの苦痛な空気をもっと吸っていたかったか?」
覚の言葉に類の瞳が揺れる。
「それは…嫌だったけども」
震えた声でそう答える類に覚はゆっくりと近づく。
「ほら。そうだろう。お前はいつもそうだ。一緒に居て不快な癖に我慢をする。そして、その我慢がいつもお前を追い詰める…」
覚の言葉に類は顔を上げる。
「まさか…、助けてくれたの?」
意外そうに尋ねる類に、覚は怪しく微笑む。
「もちろん。お前が苦しむ姿は見たくないからね」
覚はそう言うと、腕組を解いて、類をそっと抱きしめる。
「私はね。いつだってお前の味方だよ…。誰もお前を傷つけさせはしない。私がお前の全てを愛してやる」
覚の言葉に類の目頭が熱くなる。
そうだ。
今思えば、覚はいつだって私を救ってくれた。
義父に殴られた時も、
義母に罵られた時も、
独りぼっちの夜も、
いつも私の傍にいてくれたのは覚だった。
「…ッ」
類は溜まらず涙を流すと覚の背中に手を回す。
「だから、これは私のお願いだ。こんな場所は早く抜け出した方がいい…」
「…抜け出す?」
「そう。もっと自由な場所へ行くのさ」
覚はそう言うと、類の顎に手を添えて上へと上げる。途端に視界一杯に覚の美しい顔が映り込む。
「さあ、早く抜け出そう…」
「抜け出す…」
「あいつが来る前に…」
「あいつが来る前に…」
まるで何か呪文をかけられたように、類の瞳が虚ろなモノになる。
「そう。あの陰陽師は危険だ…」
「あの陰陽師は危険…」
「そう。危険だ」
覚がどこか強い口調で、言葉を呟いた次の瞬間ーー。
「危険なのは、お前だ」
聞きなれた、声が小さな更衣室内に響いた。
礼二がようやく店の扉をくぐると、中にいた数名の従業員たちが一斉にこちらへと振り向いた。
「お疲れ様です」
「お疲れっす」
「どうも」
各々が礼二へとあいさつを済ませると、一人の女性従業員が泣きそうな顔をしながら礼二に近づいてきた。
「れ、礼二さん…」
「ん?どーした?」
すると、女性従業員は震えた声で「すみません、クレームのお客様が…」と小声で礼二に耳打ちをする。どうやら、中々にこの店での仕事は大変なようだ。
「あーわかった…。俺が対応するから、こいつの事頼んでいい?」
礼二は女性店員にそう言い残すと、私服のままお客様のところへと行ってしまった。
「えっと、南雲さん?だよね?」
「は、はい!南雲類と申します!」
久々に、赤の他人と会話することになった類は少し緊張した面持ちで女性に頭を下げる。
「私、このお店でバイトしている高倉と言います」
そういうと、女は類を更衣室へと案内した。
「まず初めに、ここが貴方のロッカー、それでこの中に入ってるのが制服。店についたらまず制服に着替えて、この鏡で身だしなみチェックしてね。それから、連絡ノートがここにあるから必ず目を通して頂戴」
「は、はい!」
口早に説明をする高倉に、類は慌ててメモを取り出す。すると、高倉は少し不機嫌そうに類からメモを取り上げた。
「メモとかいいから、頭で覚えて」
「…え」
「悪いけど、ここは毎日戦場なの。悠長にメモして覚える時間とか無いから」
礼二の前とは性格の違う高倉の様子に類は小さく「すみません…」と謝罪する。
「まあ、どうせ三日と持たないでしょうけど…」
棘のある言葉に、類の心がずっしりと重くなる。
(この人も気分が重たい…)
昔から類は周囲の人間が持つエネルギーに当てられやすく、気にしなくていい事でも全て背負ってしまう癖があった。
少し泣きそうになりながら、高倉の話を聞いていると、ふと背後に何者かの気配を感じた。
「嫌な女だね、お前を泣かそうとするなんて」
その聞き覚えのある言葉に類は目を見開く。
「こんな場所、さっさと抜け出してしまった方がいい」
(覚……?)
類は小さく心の中で呟く。すると、類の肩にひどく白い手が添えられた。そして、今度は耳元で覚が静かに呟く。
「そうだよ…、それにしても、ここはとても居心地が悪いな」
類は高倉に気づかれないように小さく後ろへ振り向く。そこには白い強装束を身にまとった覚が不愉快そうな顔をして立っていた。
「この女は気を付けた方がいい…。お前を辞めさせる気満々だ」
覚は目を細めると、類の頬に触れようとする。
(やめて…私、もう貴方の事は信用しない)
しかし、類はそれを避ける様に覚から少し距離を取る。すると、覚は分かりやすく顔を顰めた。
「どうやら、あの陰陽師に呪いをかけられたようだね」
覚は仕方なくその場に腕を組んでロッカーに背中を預ける。
(呪い…?)
類は思わず覚の方へと振り向く。
「ちょっと、話聞いてるの?後で聞かれても私説明しないからね」
高倉はどこか気が漫ろな類に、少しの怒りを露わにする。
「ご、ごめんなさい!」
高倉の言葉に、類は慌てて前を向く。しかし、それと同時に、突然高倉が腹を押さえてその場にうずくまった。
「ど、どうかされたんですか?」
突然の事に、類は驚いた表情を見せる。
「……お、お腹が」
高倉は冷や汗をかきながら、痛みに耐えている。あまりに突然の事に類は困った様に覚の方を振り向く。
「…ククク」
すると、こちらは腹を抱えて笑いをこらえている。どうやらこれは覚の仕業である様だ。
(覚、やめて!)
類は心の中で覚に命令するが、覚は相変わらず可笑しそうに腹を抱えている。
こちらの話を全く聞く様子がないと判断した類は、高倉の背中をさする。
「だ、誰か呼んできましょうか?」
「…いい!ちょっとお手洗いに言ってくるから、あんたは今教えたことをちゃんと整理して復習しておきなさい」
しかし、高倉はそんな類の手を払いのけると、お腹を押さえたまま更衣室を後にした。
「…ハハハ!!」
「覚!、貴方一体何したの?!」
高倉が部屋を出てすぐに、覚が声を上げて笑う。
「少し、呪いをかけたのさ。何、出すもん出せばすぐに良くなる」
「貴方ねぇ!」
「それとも、あの苦痛な空気をもっと吸っていたかったか?」
覚の言葉に類の瞳が揺れる。
「それは…嫌だったけども」
震えた声でそう答える類に覚はゆっくりと近づく。
「ほら。そうだろう。お前はいつもそうだ。一緒に居て不快な癖に我慢をする。そして、その我慢がいつもお前を追い詰める…」
覚の言葉に類は顔を上げる。
「まさか…、助けてくれたの?」
意外そうに尋ねる類に、覚は怪しく微笑む。
「もちろん。お前が苦しむ姿は見たくないからね」
覚はそう言うと、腕組を解いて、類をそっと抱きしめる。
「私はね。いつだってお前の味方だよ…。誰もお前を傷つけさせはしない。私がお前の全てを愛してやる」
覚の言葉に類の目頭が熱くなる。
そうだ。
今思えば、覚はいつだって私を救ってくれた。
義父に殴られた時も、
義母に罵られた時も、
独りぼっちの夜も、
いつも私の傍にいてくれたのは覚だった。
「…ッ」
類は溜まらず涙を流すと覚の背中に手を回す。
「だから、これは私のお願いだ。こんな場所は早く抜け出した方がいい…」
「…抜け出す?」
「そう。もっと自由な場所へ行くのさ」
覚はそう言うと、類の顎に手を添えて上へと上げる。途端に視界一杯に覚の美しい顔が映り込む。
「さあ、早く抜け出そう…」
「抜け出す…」
「あいつが来る前に…」
「あいつが来る前に…」
まるで何か呪文をかけられたように、類の瞳が虚ろなモノになる。
「そう。あの陰陽師は危険だ…」
「あの陰陽師は危険…」
「そう。危険だ」
覚がどこか強い口調で、言葉を呟いた次の瞬間ーー。
「危険なのは、お前だ」
聞きなれた、声が小さな更衣室内に響いた。