性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第二十章【憑かれた僕】
 あの日は、寒かったー。

 怒涛の仕事を切り上げて疲れ切った光は、とにかく高いところに行きたかった。

 行く場所は決まってる。

 ここらで一番高いビル。

 何故かいつも非常階段の扉が開いているそのビルはこの前も人が飛び降りたばかりだ。

 エレベーターは使いたくない。

 冬の始まり特有の突き刺す様な空気が今の光には必要だった。

 (今日も、登って降りるだけ…)

 光はブツブツと独り言を呟きながら重たい足取りで階段を登っていく。

 しかし、12階へと続く階段付近でふと足を止めた。

 上に誰か居るー。

 光は静かな足取りで階段を登るとゆっくりと気配を感じた踊り場の辺りを覗き込む。

 そこには、一人の女が虚な表情をして立っていた。

 女は何やら一人でブツブツと呟いている。

 (…変なやつ)

 光は先客がいた事に溜め息を吐くと、仕方なく踵を返そうとする。しかしー、

 「黄泉の国…、そこに行けば、お父さんとお母さんに会えるんだよねー」

 【あぁ…、会えるよ】

 光はその第三者の言葉に足を止めた。

 (…)

 正直、救ってやるか迷った。

 何故なら、もうあの女は手遅れだ。

 あの女の背中には無数の怨霊が取り憑き、女は怨霊の言葉を否定しない。

 怨霊の囁きに反抗しなくなった人間は救うことが出来ない。

 人間というのは慣れの生き物だ。その環境に慣れてしまえば、その環境から抜け出す事が難しくなる。よくブラック企業であるにも関わらず辞められない人が多いのは、こう言った無意識の心理作用によるものだ。

 光は少し戸惑う。

 陰陽師として、仕事中であれば確実に声をかけている。だが、生憎今はそうではない。

 (…どうする)

 あの女は、恐らく止めなければ確実に飛び降りる。

 そんなことはわかっている。そういう人間を今までに嫌というほど見てきた。きっと止めてやらねば彼女は消えてしまう。

 だが、ここで声をかけたところで、それが彼女の幸せに繋がるだろうか…。

 彼女の言葉から察するに、もう両親はこの世に居ないと思われる。

 きっと、今更助けたとしても今まで出会った彼女たちのように、「あの時放っておいてくれてたら…」と責められるのではないだろうか?
 
 光は、思考を巡らす。身体からは徐々に血の気が引いていき、気持ちの悪い冷や汗だけが流れ出る。

 自己満足に助けるべきかー、

 彼女の意思を尊重すべきかー、
 
 自己満足に助けるべきかー、

 彼女の意思を尊重するべきかー。




 「いっそのこと、放っておいてあげたら?」



 突然、光の耳元に耳障りの良い声が響く。


 (…母さん、今は俺に話しかけないでよ)

 光は、頭を軽く左右に振ると、再び思考を集中させる。だが、母の亡霊はそれを許してはくれない。

 「光。そんなことよりも、貴方にはやるべきことがあるでしょう?」

 どこからとも無く響く声に光は再び頭を左右に振る。

 (わかってる…、でも今は話しかけないでくれ)

 「まぁ…、母さんのことが嫌いになったの?」

 (違う…。母さんのことは大好きだよ、でも今はー)

 「光。早く父さんに会いに行きなさい、×××を取り戻さなきゃ…」

 (×××って誰だよ…、もういい加減にしてくれよ…)

 「光。行きましょう…」

 (うるさいな、待ってくれ)

 「早く!」

 (待ってくれよ!)

 「光!」

 耳元でヒステリックに叫ぶ母の形を纏った怨霊を無理矢理術で押さえ込むと、光は半ば投げやりに女へと声をかけた。



 「何してんの」



 今思えば、きっと気持ち悪い事この上なかったかも知れない。
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