性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 堂上の言葉に類の全身が凍り付く。まるで、蛇に睨まれたカエルの様な心境に、類は改めてこの男が危険な男であることを認識する。

 しばしの沈黙が流れる。

 まるで時間が止まってしまったような感覚に、類の呼吸が荒くなる。このままでは再び覚を召喚してしまいかねない。


(この人…、悪い人だ…)


 何となく直感で、そう感じた時だった。
 


 「その辺にしておけ、堂上」



 待ちわびた人物の声に、類はようやく堂上から視線を離す。そこにはいつも通り、黒いマスクを身にまとった光の姿があった。堂上はというとどこか不愉快そうな表情を見せている。

 「これは、これは、エリート陰陽師の君がこんな繁華街で何をしているんだい?」

 どこか敵意をむき出しにして尋ねる堂上に、光はふんと鼻を鳴らす。

 「それは嫌味か?、お前こそこんな所で何してる」

 何故かお互いを牽制しあう二人に、類の全身から変な汗が噴き出す。

 「見てわかりません?勧誘活動ですよ…ねぇ?」

 堂上はそう答えると、普段通りの笑みを称えて類の顔を覗き込んだ。しかし、類はそんな堂上から逃げるように光の背後へと身を隠す。まるで、怯えた猫の様な類の姿に光は少し驚いた表情を見せるが、すぐに元の無表情へと戻った。

 「それで?エリート陰陽師さんがこんな繁華街にどんなご用事で?」

 堂上が微笑みながら光に尋ねる。すると、光は困った様子で類の姿を一瞥する。

 「見てわかんねぇのかよ…、デートだ、デート」

 「え?!」

 鬱陶しそうに髪を掻きながらそう答えた光に、類の口から思わず変な声が漏れ出る。

 「おや、そうでしたか…、その割には、彼女…あまり嬉しそうには見えませんね…」

 おかしいな、といった風に類の顔を覗き込む堂上に、光は眉を顰める。

 「どこが嬉しそうじゃねぇだと?おら、よく見てみろ。こんなに喜んでんだろ」

 光は少しムキになって目の前で固まる類の顎を掴むと、無理やり堂上の方へと向かせる。

 「ひ、ひかるしゃん…」

 突然顎を鷲掴みにされた類は思うようにしゃべることが出来ない。

 「僕には彼女が苦しそうに見えるのですが…」

 「んなことねぇ、嬉しすぎて表情筋がぶっ壊れてるだけだ…」

 表情筋がぶっ壊れるとは?と思いながら類はされるがままに大人しくする。

 「まあ、いいでしょう…。ですがもし興味があれば…」

 「断る」

 「おや、どうしてです?」

 言葉を遮られた事に堂上は明らかに不機嫌そうな表情を見せる。

 「もう、俺のだから」

 そういうと、光は類が握りしめていた名刺を取り上げ一瞬の内に掌で燃やして見せた。まるでマジシャンの様な手さばきに、類は改めて彼がただの陰陽師では無い事を知る。

 「へぇ…、君の…」

 牽制するような光の行動に、堂上は再び類の方へと視線を向ける。どこか値踏みするように類を見つめる堂上に光はため息を吐く。

 「やんねぇぞ…」

 「まだ何も言ってないじゃないですか…」

 「お前の顔にそう書いてる」

 「おや、それは失敬…」

 堂上はそういうと、ようやく諦めた様子でその場を去っていった。一気に緊張の糸がほぐれた類はその場にしゃがみ込む。

 「大丈夫?」

 光はそんな類に視線を合わせる様にかがみこむと、意外にも優しく類の背中に手を添えた。

 「…もし、無理そうなら、今度にするけど」

 どこか心配した様子の光に、類の心がほんの僅かに脈打つ。

 「いえ…、大丈夫です…ちょっと人ごみに、あてられただけですから…」

 そんな類の言葉に光は少し考えた素振りを見せると「歩けそう?」と類に尋ねる。

 「はい…、多分大丈夫…」

 「じゃあ、俺につかまって」

 「?」

 光は類に腕を差し出すと、そこに掴まるように指示を出す。

 「ちゃんと掴まってろよ…、今からいいところに案内してやるから」

 その言葉に、まさか瞬間移動の術でもあるのか?と少し期待した類であったが、決してそんなことは無く、光に支えられるような体制で次の目的地目指すこととなった。
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