性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 数分後、類が連れてこられた場所はとある高級ホテルのフロアであった。

 「…あの、光さん」

 「何?」

 いつもの事なのか、何やら慣れた様子で給仕係に注文を済ませた光は、類を連れて一つのソファ席へと腰掛けた。

 「えっと…、ここは…」

 どこですか?と言い切る前に、光は「ラウンジだけど」と当然のように答える。

 「…ラウンジ?」

 ラウンジといえば、よくホテルや空港にある休憩所の様な場所をイメージするが、それにしてはやけに豪華すぎるような気もする。

 「何、何か気に入らない?」

 「いえ、そういう訳では…」

 なんとなく自分が場違いな気がして類は何度も周囲を確認してしまう。
 
 「んな、気にしなくても大丈夫だよ。ここは陰陽師協会が所有するホテルの一つで、ランクが〚紅〛以上の奴らなら無料で使えるんだ」

 「ランクが紅…?」

 聞きなれない言葉に、類は首をかしげる。

 「協会には所属する陰陽師のランクって言うのがあってな、上から玄≪げん≫、杜若≪かきつばた≫、紅≪くれない≫、藍、≪あい≫、鶯≪うぐいす≫、白≪はく≫ってな感じでランク分けがされてんだよ。んでそのランクの紅以上の陰陽師はこのラウンジを無料で利用出来るってわけ」

 光の説明に類は「はあ…」と驚いた様子で話に耳を傾ける。

 「ちなみに、ランクごとにもクラス分けがされていて、上から一段、二段、三段って感じで分かれている」

 どうやら、陰陽師の中にも階級というものが存在しており、そのどれもが色と数字で振り分けがなされているらしい。

 ひとしきりの説明を聞き終わった類はふと気になったことを尋ねてみる。

 「ひ、光さんは何の階級なんですか?」

 すると、光は少し不愉快そうに顔を顰めた。

 「…何でお前に言わなきゃいけないの?」

 自分のランクをあまり公表したくないのか、そっぽを向いてしまった光に類は慌てて謝罪の言葉を口にする。

 「す、すみません…」

 「…まぁ、紅の一段よりは上だと思っておいて」

 「杜若ってことですか?」

 「…それ以上は教えない」

 何故か、頑なに自身の階級を教えてくれない光に類は諦めた様に黙り込む。教えたく無いのなら仕方がない。

 「それより…、どうなの?」

 「どうって…」

 突然の質問に類は首を傾げる。

 「体調だよ、体調…」

 先ほどより元気そうな類の様子に、光はため息を吐く。

 「あ、はい!お陰様でだいぶ元気になりました!」

 「あっそ。ならいいけど、今度からあいつとの接触には気をつけろよ」

 光はそういうと、自身のスマホを類へと放り投げる。慌ててそれを受け取った類は画面を見るなり「あっ…」と小さく声を上げた。

 「さっきお前に声をかけてきた男は堂上彰。俺と同じ陰陽師でそれなりに階級も高い…ただ、少しやっかいな奴でな…」

 類は光の話に耳を傾けながら、スマホの画面を見つめる。そこには、何やら怪しいホームページが表示されており、堂上の写真と共に陰陽道についての説明が長々と掲載されていた。

 「堂上は陰陽師であることを利用して、宗教紛いなビジネスをしている。内容は主に憑き物落とし見たいな事をしているが、中には根も歯もない情報をばら撒いて信者から多額の金を受け取っている」

 にわかには信じがたい話に、類は再び光の顔を見つめる。

 「最近じゃ、協会の中でも煙たがられていてね、色々と問題が耐えないんだ…。基本、陰陽師が勧誘活動をしたりするのは違法なんだけど、中には堂上の様に表立って堂々と勧誘活動をしている奴もいる」

 「そうなんですか…」

 「だから、俺以外の陰陽師に変なバイト話を持ちかけられても絶対に断れ。それでも強引に、引き込もうとする奴もいるからそん時の為に今から印《しるし》を結ぶ」

 「印?」

 すると、光は立ち上がって類の腰掛けるソファへと強引に座った。

 「な?!光さん?」

 突然距離が縮まった事に類は顔を真っ赤にするが、光は気にした様子もなく、類の肩を抱いて自分の方へと引き寄せた。

 「少し、痛いかも…」

 類の耳元でそう呟くと、光は類の首筋に二本指を添えて小さな声でこう呟いた。


 【天と地の名において、この者に所有の証を記せ】


 すると、類の首筋がチクリと痛み出す。咄嗟に手で押さえようとするが、光はそれを許さない。

 「触るな」

 「…ッ、でも!」

 首筋を細いナイフで直に抉られる様な感覚に類は顔を顰める。

 「大丈夫だ、すぐに済む」

 「ッ痛い!」

 堪らずソファに倒れ込むような形で痛みに悶え苦しむ類を光は力づくで押さえ込む。

 「…ぁ、離して!やめて!!!」

 「耐えろ、すぐに済む…」

 「痛い!!離して!!」

 目尻からは涙が溢れ出し、給仕係がいる事も忘れて類は光の下で、暴れ回る。そんな類の姿に、光はマスクを降ろすと

 「【類、俺を見ろ】」

 と命令する。次の瞬間、魔法にかけられたように類は光の顔から目が離せなくなる。

 「…、光さんッ」

 「大丈夫、もう終わりだ…」

 どこか、慰めるように頭を撫でる光に類は徐々に落ち着きを取り戻す。

 (あれ…?)

 先程まで焼けるように痛かった首元からは徐々に痛みが引いていき、気がつけば普段の状態へと戻っていた。

 類は恐る恐る首元をさする。印を結ぶといっていたが果たして自分の首筋に一体何が起きたのか全く理解が追いつかない。

 すると、光はポケットから小さな手鏡を取り出して類に手渡した。

 「…見てみな」

 類は光から手鏡を受け取ると、素直に首筋を映してみせる。

 「な?!」

 そこに映し出されたのは奇妙な形をした赤い模様であった。見方によっては赤い刺青のようにも見える。

 「な、なんですか!これ?!」

 「何って…、印だけど?」

 半ば混乱した様子の類に光は至って冷静に答える。

 「し、印って…」

 「俺の所有物だって印」

 満足そうにそう話す光に、類はいよいよ頭が混乱し始める。

 「しょ、所有物って…、私は物ってことですか…?」

 複雑そうな表情でそう尋ねる類に光は「そうだけど」と答えた。

 「そんな…、私…物なんかじゃ…」

 「じゃあなんなの」

 光は類の言葉を遮る様に尋ねる。

 「なんなのって…、人間です…」

 類は弱々しくそう答えると、光はどこか蔑むように「人間ねぇ…」と呟いた。

 「…な、なんですか」

 類は先程とは少し雰囲気の変わった光の様子に、小さな恐怖心が芽生える。

 「いや…、ただ俺からしたらお前は物と同等の価値しかないからさ。そこらへんちゃんと理解してしてもらわないと困るなと思って」

 光の発言に類は目を見開く。

 「物と同等の価値って…何を…」

 類は声を震わせながら尋ねる。

 「何って、俺言ったよね。利用出来なかったら次を探すって…、当然、お前だけに限った話しじゃねぇけど、そこら辺履き違えないように気をつけろよ」

 光は前髪を弄りながら、当たり前の様に答える。

「それって…社に居る皆んなも物と同等って事ですか…?」

「当然だ。あいつらは全員利用価値のある物に過ぎない」

 光の言葉に、優しく接してくれた皆んなの顔が脳裏をよぎる。

 「そ、そんなの酷すぎます…、皆んな、必死に生きてるんですよ?それを物なんて言い方…」

 「必死に生きてる?自殺しようとした奴が、よくそんな軽率なこと言えるな」

 「…そ、それは!」

 「お前を含め、あいつらは全員人生に行き詰まってた奴らだ。本来なら何処ぞで、命を無駄に散らしてた人間を俺が生かしてやった。わかるか?お前らが今生きてるのは俺のお陰だ」

 「そんな…」

 「それなのに、必死に生きてるだと?酷いだと?勘違いするのもいい加減にしろよ。命を無駄にしようとしてたお前に自分の命を語る資格はねぇ、お前の命をどう使おうが俺の勝手だ」

 暴言とも取れる発言に、類の中で何かがキレる。これではやっている事が怨霊とまるで同じだ。

 「貴方…、それが最低な考え方だって事分かって言ってるんですか…?」

 「最低で結構。俺が心優しい慈善活動家だとでも思ったかよ?」

 類は一層低くなった光の声色に身を震わす。

 「そ、そんな事思ってません…、ただ私は一般論として…」

 すると、何が可笑しいのか光は突然笑い始める。

 「…お前って本当にめでたい頭してんのな。一般論?何ソレ?それってお前の中の一般論だろ?世の中そんな考えで渡って行けると思ってんなら大間違いだ。俺は別にあんたらにどう思われても構わねぇし、そんな事どうでもいいんだよ…それとも不遇な身の上を案じて、俺が優しくするとでも思ったか?」
 
 いつも以上に饒舌に喋る光の姿に、類は少し怖くなる。

 「そ、そんな事思ってる訳ないじゃないですか!自惚れないで下さい!」

 類の必死の反論に、光は目を細める。

 「だったら、黙って利用されてろよ。まぁその貧相な身体で俺を喜ばしてくれたりすんなら話は別だけど…」

 類はその言葉に、思わず光の頬を平手で打つ。

 パシん!と乾いた音がラウンジの中に響き渡る。

 「…」

 突然の平手打ちに、光は頬を抑えることもなく、ゆっくりと類の顔を見つめる。その表情はどこか驚いている風にも見える。

 「…まるで、小さな子供ね」

 「…は?」

 「小さな子供が自分のおもちゃに名前を書いて…、必死に誰かに取られない様にしているみたいだわ…、って言ってるの!」

 瞳を潤ませながら、震える声で呟いた類に光の瞳が揺れる。

 「私、やっぱり貴方に協力するのやめます…。短い間でしたが、お世話になりました…。」

 類はそういうと、エリカから借りた鞄を持って入り口へと歩き出す。

 「どこへ行く」

 「帰るんです」

 「帰るだと?」

 光はまるで、何処に?といったニュアンスで尋ねる。

 「ええ…。帰るんです…。もと居た場所に…」

 「親戚の家にか?、一生こき使われて終わるぞ」

 少し小馬鹿にした様に話を続ける光の態度に、類の目頭が熱くなる。



 こんな男に着いてきてしまった自分が馬鹿だった。



 類は心の中でそう自虐すると、今にも泣き出してしまいそうな感情を押し殺して何とか口を開いた。





 「ええ、だから帰るのよ。本当のお父さんとお母さんの居る世界に…」
 
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