性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 類はラウンジを出ると、慣れない人混みの中を目的地もなく彷徨い歩いた。

 気づけば空はどんよりと曇り、地上に向けてしとしとと雨を降らせ始める。

 エリカから借りた服は雨で濡れそぼり、全身が徐々に冷えていく感覚に類は自分の非力さを改めて痛感させられる。



 「だから言ったろ?あの男は危険だと」 



 唐突に、耳元で声が響いた。

 「…」

 相手がよく知る怨霊である事を知ると、類は顔を伏せたまま、その場に立ち止まる。

 「本当に、人間というの恐ろしい生き物だよね」

 覚は類の周りをクルクルと浮遊すると、いつもの様に類の肩へと腕を回した。

 「覚、貴方消えたんじゃなかったの…」

 類はそんな覚を振り払う事もなく尋ねる。

 「消える?私が?」

 すると、覚は可笑しそうにクスクスと笑ってみせる。

 「私は本来この世には存在しえない者なんだよ?どうやって消えると言うんだい?」

 「存在しえない…」

 類は、ぼんやりと覚の言葉に耳を傾ける。

 「そうさ、私はこの世には存在していない。私はお前の心の中にのみ存在できる。故にお前が死なない限り消えることも無ければ消滅することもない…」

 覚はそう言うと、類の手を握って自身の口元へと引き寄せた。

 「私とお前は一心同体ということさ…」

 その言葉に、類の瞳が揺れる。

 「何よそれ…冗談キツいわ」

 「冗談じゃないさ、それが事実だ。お前が私を望む限り私はお前の前に現れ続けるよ」

 覚は妖艶に微笑むと、その美しい掌で類の腰を引き寄せる。

 「私、貴方を望んだ覚えは無いわ」

 「おや?その割にはいつも何処かで私の名を呼んでいる」

 「嘘」

 「嘘じゃ無い。お前が不安な時、いつも無意識下では私の名を呼ぶ。でなきゃ私はここには現れないさ」

 「…」

 言っている意味がよく理解できない。しかし、類にとってもうそんな事どうでもいい様に思えた。

 「覚…」

 「ん?」

 「ここら辺で、一番景色のいい場所に連れて行って…」

 弱々しい声でそう呟く類に覚は首を傾げる。

 「構わないが…何をするんだい?」

 覚は類の頭を撫でながら尋ねる。



 「この世に最後のお別れをするのよ」
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