性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第六章【優しさに触れる】
 きっと、こうなる運命だったのだと思う。

 類は覚に連れてこられたビルの屋上でそう思った。洋服は既に役目を果たしておらず体は氷の様に冷たく冷えている。しかし、それ以上に冷え切っているのは自分の心なのかもしれない。

 類はゆっくりとエリカから借りたニットのワンピースを脱ぎ捨てるとできるだけ丁寧に畳んで隅へと置いた。本当は洗濯でもして返すべきなのだろうが、どうせ明日にはこの世にいないのだ。そんな事を考えても仕方がない。

 類は薄いキャミソール姿で思った。

 やはり最初からこうするべきだったと。

 雨に濡れるのも忘れて類は空を見上げる。冷たい雨粒が容赦なく類の身体を冷やしていく。

 「お母さん…、お父さん…、私そろそろ行くからね」

 類目を瞑ると、優しかった両親の姿を思い出す。

 類は貧しいながらも、優しい両親の元に産まれた。

 母は優しく、父は生真面目だった。

 類の誕生日にはいつも手作りのケーキが準備され、父は玩具をプレゼントしてくれた。

 しかし、今思えばあれは結構無理をしていたのかもしれない。

 母は生まれつき体が弱く、入退院を繰り返していた。そんな母を支えながら父はいつも夜遅くまで働いていた。

 まだ幼い類は何もできなかった。というより、まだよくその状況を理解できなかった。

 「…そっちにいったら、驚くかな」

 類はそっと目を開くと自嘲気味に呟く。 

 「そんなことない、きっと二人とも喜ぶさ」

 覚が類の目尻に溜まった涙を拭いながら答える。

 「そうかな…、だと良いんだけど」

 類はそういってビルの手すりへと手をかける。もちろんエリカから借りたブーツは先ほど畳んだニットセータの横に置いてある。

 「きっとそうさ…、さあ手を貸してごらん」

 覚は裸足の類を助ける様に、手すりの外へと誘導する。

 「覚…」

 「どうした?」

 類は前回よりも、はるか下に見える地上に足をすくませる。

 「その…、い、今までありがとね」

 類は少し震えながら覚を見つめる。少なくともこの年齢まで生きてこられたのは覚のお陰でもある。苦しい時、寂しい時、いつも覚は類の事を支えてくれた。それが例え悪意のある怨霊だったとしても類にとって覚は大変助かる存在であったことに変わりはない。

 覚は少し意外そうに類の瞳を見つめる。

 「覚…?」

 何故か無言でその場に固まる覚の姿に類は不安そうに首をかしげる。

 「…ああ、ごめん。そんな事を言われるとは思ってなかったから」

 覚はそういって優しく微笑むと不安そうに震える類の手を優しく握った。

 「類。一、二の三で行こう。変に時間をかけるとしんどいからね」

 「…うん。分かった」

 覚の言葉に類は決心を固めたように目を瞑る。


 「では行くよ?」

 
 「うん。お願い…」




 「一…」


 「二の…」

 
 
 「【さん】」


 類は最後の合図と共に、奈落の底へと飛び降りた…。
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