性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 結局、それから何も言い返せなくなってしまった類は諦めたように光の身体に頭を預ける。

 光の身体は意外にも筋肉質で黒シャツの上からでもわかるくらい上半身が締まっている。

 (凄い、固い…)

 ぼんやりとそんな事を思いながら、その引き締まった身体に全体重を預ける。光はそんな類をしばらく抱きしめると「さぁ、そろそろ帰ろうぜ…」と小さく呟いた。


 「送ってやるから、着いてきて」

 類はその言葉に素直に頷くと、一つの黒い車へと押し込まれる。

 「…わざわざ車で来たんですか?」

 てっきり、電車か何かで帰るものだと思っていた類は助手席に腰掛けると、驚いた表情で光を見つめる。

 「まぁな…、こっちの方が早いだろ」

 光は車のミラーを調整しながらそう答えると、キーを差し込んでエンジンをかける。

 「寝てていいよ、疲れたでしょ?」

 後ろを見ながら片手ハンドルで車を出す光に類は少し驚く。

 「免許持ってたんですね…」

 何となく、自分より若いイメージだった光が華麗に運転をしている姿に類は素直に驚く。

 「俺のこと、いくつだと思ってんだよ…」

 「二十代?」

 すると、光は少し複雑そうに微笑む。

 「んなガキンチョに見えたか?」

 「が、ガキンチョって…」

 類は光の顔をまじまじと見つめる。

 「すみません、あまりにもお若く見えたので…」

 「…まぁ、褒め言葉として受け取っておく」

 光はハンドルをきりながら答える。

 「本当は…おいくつなんですか?」

 「そういうお前はいくつなの?」

 類の質問に光は意地悪そうに質問を返す。

 「わ、私は…」

 しかし、ふと自分がいくつに見えるのか気になった。

 「い、いくつに見えますか?」

 まさか、自分も質問し返されると思っていなかったのか光は少し考え込む。

 「そうさな…、三十代前半ってとこかな」

 的を得た答えに類は思わず「何でわかるんですか…」と小さな声で呟いた。

 「結構若く見えるけど、それは社会人経験がないから。でもだからと言って、エリカほど若くもない。となると二十代は超えている」

 「はぁ…」

 突然始まった光の推理ショーに類は素直に耳を傾ける。

 「俺に会った時、お前は俺を警戒した。それは初対面って事もあるけど、多分お前が独身で俺が少なからず恋愛対象に入る年代の男だから。となると四十よりは下」
 
 確かに最初光を警戒したのは、少しばかり異性として見ていたところがあるのかもしれない。
 
 「あとは話し方とか、倫理観とか、所作とか。二十代にしちゃ憑き物の量が異常。それに、飛び降りようとするくらい人生に疲れている」

 まさか、そこまで観察されているとは思わなかった類はその観察眼に呆気にとられる。

 「となると、三十前半くらいかな」

 光は満足気に説明を終えると、類の方へと視線を移した。

 「で、答えは?」

 「今年三十三の年齢になります…」

 「厄年だな」

 「あぁ、確かに…」

 光の言葉に類はそういえばと、苦笑する。そんな事全然気にしていなかった。

 「そ、そんな事より光さんは一体おいくつなんですか?」

 「だから、いくつに見えるよ?」

 再び振り出しに戻った会話に類は顔を顰める。

 「に、二十代ではないとすると三十代って事ですか?」

 類の言葉に光は「まぁな」と呟く。

 「お、同い年とか?」

 「残念。ハズレ」

 「じゃ、じゃあ三十歳くらいですかね…」

 「ぶー」

 「ま、まさか、私より年上なんですか…?」

 意外な展開に類は驚きの表情を見せる。

 「お前よりだいぶ年上だよ…」

 光は少し面倒くさそうにため息を吐くと、ゆっくりとブレーキを踏んだ。どうやら赤信号に引っかかったようだ。

 「じゃ、じゃあ三十五歳」

 「ぶー」

 「え?!まさか四十とか言わないですよね?」

 いくら何でもその見てくれで四十歳は若すぎる。

 「ハズレ。お前人を見る目ないのな…」

 光は少し呆れたようにハンドルに両腕を乗せる。

 「じゃ、じゃあ三十六!」

 「ぶー」

 「三十七!」

 「それって総当たりじゃん…。まぁ正解」

 光はそう言って再びアクセルを踏み込む。

 「そ、そんな年上だとは思っても見ませんでした…」

 完全に年下だと思い込んでいた類は少し反省する。

 「別にいいよ。よく間違われんだ。髭生やしてた時は意外と年相応だったんだけどな…」

 「え?!髭生やしてたんですか…」

 意外な事実に類は光の顔を見つめる。

 「昔ね…、餓鬼に見られたくなかったからさ…」

 「そうなんですか…」

 類は意外そうに呟くと、髭の生えた光の姿を想像する。

 (あれ?意外と似合うかも…)

 どこか、大人びた感じの印象になった妄想上の光に類はひっそりと頬を赤らめる。

 「何?」

 「いえ…、何も…」

 助手席で顔を赤くする類の姿に光は首を傾げる。

 結局、類は車が目的地に着くまで眠る事は無かった。それはきっと光が意外とよく喋ってくれたからかもしれない。
 
 いくつかの信号を抜けた車はようやく、一つの建物の前で停車する。てっきり社に向かっているものだと思っていた類は見たことのない場所に光を不安そうに見つめる。

 「安心しろ。ここは俺が住んでるマンションだ」

 「マ、マンション?」

 そういえば都内の高級マンションに住んでいる話を礼二がしていたことを思い出す。

 「ほら、行くぞ」

 光は車にキーをかけると、類の手を引いてエントランスへと向かった。
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