性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 光はエントランスに居る管理人らしき人物に会釈をすると、エレベーターで九階へと上がった。

 902と書かれたプレートの下には『土御門』と綺麗に表札が掛けられており、確かにここが光の自宅である事を証明している。

 「入って」

 光の言葉に部屋の中に足を踏み入れた類はその綺麗な室内に驚愕する。

 (ホテルみたい…)

 家具は全て黒を基調としたモノで揃えられており、そのどれもがセンス良く配置されている。マンションだというのに部屋の中央には2階に続く小さな螺旋階段があり、部屋の中がメゾネットタイプの構造をしている。

 「とりあえずお前は風呂入ってこい」

 光は鍵をキースタンドにかけると、類の腕を引いて浴室へと案内した。

 「タオルはここね、今何か着替え持って来るから…」

 「え、ちょっと…」

 一人残された類は、その場に立ち尽くす。突然風呂に入れと言われても困ってしまう。

 恐る恐る浴室を覗き込むと、こちらも部屋のインテリアに劣らないつくりで、とても一人暮らし用の物とは思えない。

 (もしかして、家族でもいるのかしら?)
 
 光の年齢くらいであれば子供の一人や二人くらい居ても不思議な話ではない。
 
 しばらくそんな事を考えながらふと、大きな鏡に映る自分の姿を見つめる。髪は雨のせいで濡れそぼり、表情もどこか疲れ切っているように見える。

 (酷い顔…)
 
 元々洒落っ気があったわけではないが、こうやって改めて自分の姿を見つめてみると、とても年相応とは思えない。

 「お待たせ…って何してんの?」

 「い、いえ…、随分と綺麗な洗面台だなと思って…」

 鏡の前で立ち尽くす類の様子に首を傾げる光に、類は咄嗟に嘘を吐く。

 「…そう?、んなことよりこれ」

 光は大して気にした様子もなく右手に持っていた衣服を押し付ける。

 「風呂からあがったらこれ着て。多分サイズ的には問題ないと思うから…」

 類は戸惑いながら受け取った衣服を確認する。

 (スウェット?)

 どうやら、部屋着になる様な洋服を選んできてくれたようだ。

 「じゃあごゆっくり、俺リビングで待ってるから」

 光はそういうと、ヒラヒラと手を振って洗面所を後にした。残された類は光が出て行った事を確認すると、ようやく服を全て脱いで浴室へと足を踏み入れる。

 ひんやりとした床の冷たさに身体を震わせながらシャワーのコックを捻ると、まだ冷たい水が勢いよく吹き出した。

 類は慌てて温度調整用のコックを捻ると、シャワーから吹き出していた水が徐々にお湯へと変化する。

 「あったかい…」

 冷え切っていた身体がじんわりと温まる感じに類はホッと溜め息を吐く。

 『俺の為に生きてよ、類』

 ふと、光の言葉が頭をよぎった。

 (あれって、一体どういうことだったのかな…)

 結局何も言い返せぬまま光の後を着いてきてしまっだが、今思えば少し軽率だったかもしれない。

 (多分、ここに泊まるんだよね…)

 別に今更どうなるとも思ってはいないが、ご家族がいるのであれば迷惑極まりない話である。

 「あのさ」

 突然、扉の外から声をかけられた。

 「は、はい!」

 類は慌てて返事をすると、扉の外から微かに笑い声が響く。

 「ごめん、んな驚くなよ。一つ言うの忘れてた事があってさ。俺、基本シャンプーで髪洗って終わりだからコンディショナーとか置いてないんだ。悪いけどそこだけ我慢して…じゃあ、ごゆっくり」

 光の言葉に類は風呂場に置かれた男物のシャンプーに気がつく。

 (本当だ…、シャンプーしかない…)

 家族がいるのならコンディショナーの一つでも置いてありそうなものだが、どうやらその考えは杞憂だったようだ。

 シャンプーのポンプを一二回上下させると、男性ものにしては少々甘ったるい香りが類の鼻先を掠める。

 (光さん、普段からこんな甘い香りの使ってるのかな?)

 何だか見た目のパッケージとは印象の違う香りに類は首を傾げるが、まぁいいかと思い直し洗髪を済ませる。

 一通り全てを洗い終えた類は最後に、体を流すと、バスタオルで身体を拭いた。
 先ほど渡されたスウェットは驚くほどピッタリで類は少し違和感を覚える。

 そういえば、何故女物のスウェットがあるのだろう。

 (まぁ、いっか…)

 特段深く考えることもせず、類は脱衣所を後にすると、光の待つリビングへと向かった。

 しかし、この時、洗面台の棚に、複数の女物シャンプーやコンディショナーがある事を類はまだ知る由もない。
< 23 / 105 >

この作品をシェア

pagetop