性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 景色がぼやける。周囲の物が徐々に形を成していく中、目の前に現れた懐かしい人影に光は目を見開く。

 「ねぇ、光。光はお母さんの事好き?」

 突然現れた、母の残像にここが夢である事を認識すると、光は少し困った表情で目の前に立つ母を見つめる。

 「光?」

 中々答えを得られない母親は心配そうに、息子の名を呼ぶと、光は優しく微笑んだ。

 「うん。好きだよ、母さん」

 光はどこか寂しそうにそう答えると、その懐かしい残像に手を伸ばす。


 「じゃあ。お父さんの事は好き?」


 光の答えに満足そうに微笑んだ母は、今度は少し複雑そうな面持ちで光に尋ねる。

 「…」

 思わず、手が止まる。今思えば、父親を好きだと思った事は一度もない。それはきっと父がこの世で一番自分に似ている存在だからかもしれない。

 光はゆっくりと手を下ろす。

 「どうして、そんな事聞くの?」

 こうやって久々に夢の中で出会えたというのに、父の事を聞いて来る母に光は顔を顰める。出来れば父の質問はしてほしくはなかった。

 「だって、最近めっきり私の所に来なくなってしまったから…」

 母は少し寂しそうに自身の髪を触る。その仕草が懐かしくて光は困ったように視線を逸らした。

 「父さんは、協会の事で頭が一杯なんだ…、それに墓参りならいつも俺が行ってるだろ?」

 光の父親は、その地方でも有名な陰陽師であった。能力はもちろん事、人望も厚く。とにかく様々な所から父を頼ってくる人間が沢山現れた。

 それと反対に、母はいつも孤独だった。どこかいつも疲れていて、体力的にも精神的にもか弱かった。いわゆる憑かれやすい体質だった母の心を父は何かと利用した。

 言うなれば教祖と信者。

 利用する者と利用される者。

 母はいつも父を熱心に崇拝し、父はそれをいい事に母を呪いで支配した。時には不要な場所へと連れ出し怨霊退治の囮にもした。

 結果、母の心は疲れ果て、ある時ふと魔が刺したかの様にその短い生涯に幕を下ろした。

 光はそんな母の死を目の前に、父を憎んだ。

 父が陰陽師なんて仕事についていなければー。

 父がもっと思いやりのある人間であればー。

 父がもっと母を愛してくれていたならばー。
 
 光は今は亡き母の姿を見て微笑む。

 「母さん。俺に父さんはもう居ないんだ。あの男は今、よくわからない女と一緒に生活をしていて、その間にできた子供と一緒に住んでる。だから、父さんはもう母さんの所には来ないと思う。でも、俺はちゃんと定期的に会いに行く。だから、そんな寂しがらないで待ってて」

 光の言葉に夢の中の母は、一瞬無表情になるも直ぐにいつもの優しい表情で光に微笑みかけた。

 「そう…。ごめんね、光」

 「謝るなよ。悪いのは全部あの男のせいなんだから」

 光はそういうと、自分とそう変わらない年齢の母を抱きしめる。

 「あの男は俺がいつか潰すから、だから安心してよ」

 そう。いつか潰してやる。

 協会も、父親も。

 そして、全部の制裁が済んだら、

 俺もー。



 「俺も、いずれそっちに行くからさ」


 光の言葉を最後に、夢の中の母はそれ以上何も言わなかった。
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