性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 携帯がけたたましいアラーム音を鳴らしたのは、仮眠をとってから一時間後の事であった。

 懐かしい夢から浮上した光は、いつものようにバックミラーで髪を整えると、本日行く予定であった女の住所をカーナビへと入力する。

 「クソ…、結構キツイな…」

 光は雨の中車を発進させながら、欠伸を噛み殺すと、明日の予定を組み立てる。

 (明日は、一旦家に戻って類を社に届けるだろ、その後鴉天狗寄って…あ、そういえばあの女のフォローは明日だったか…?」

 正直な話、類を拾うことは予想外の出来事であったため光のスケジュールはかなり、タイトなものになっていた。

 (あー、でもあいつのスマホを買ってやる約束だったな…、そうなると先に買い物済ませてから社か…?いや、その前に鴉天狗か?)

 光は運転をしながら何とかスケジュールを組み直して行く。

 「クソ。やっぱ拾ってやるんじゃなかった」

 どこか鬱陶しそうにそう吐き捨てると、助手席に放り投げたままのスマホが振動する。どうやら着信のようだ。

 光は仕方なく無線イヤホンを耳にはめると、数回タップをして通話を開始する。

 「…光君?」

 電話の声はこれから行く予定の女の物である。

 「どうした?」

 光は出来るだけ優しく尋ねる。

 「ううん、今どこらへんかなって…」

 女はか細い声で尋ねる。

 「んだよ、心配になった?もうそろそろ着くから待っててよ」

 光はハンドルを切りながら答える。どうやら催促の電話らしい。

 「よかった…、もしかしたらもう来ないかと思っちゃって、光君忙しいし…それに、他の子のフォローとかあるだろうし…」

 女の言葉に光は苦笑する。

 「まぁ、忙しいのは本当だよ。でも会いたいと思うのはお前だけ」

 もちろん、嘘である。

 「よかった…、私、光君に嫌われてると思ってたから…」

 女は電話口でわかりやく喜んでみせる。

 「何で?俺そんな態度悪かった?」

 光はさも驚いた様な声色で女に尋ねる。

 「ううん、でも私一番最初に貴方に色々と怒られたから…」

 「それは…お前がこのまま死んでやるなんて言うからさ」

 光は赤信号で停車すると電子タバコを吸う。

 「そ、それは…そうだけども、私あの時本気で怖くて…」

 女は電話ごしに声を震わす。確かにこの女と出会った頃、光は物凄い剣幕で女に説教をした事を鮮明に覚えている。

 「悪かったって…。でもお前に生きて欲しかったからさ」

 「光君…」

 光の空事に女は鼻をすする。どうやら電話越しに泣いているようだ。

 「泣くなって、もう着くから」

 「でも、そんな事言ってくれるの光君くらいしかいないから…」

 女は嬉しそうにそういうと、光は困ったように「あぁ、そう」と呟く。一体これまでにこんなやりとりを何度繰り返してきた事だろう。

 「光君…今日は朝まで一緒に居てほしい」

 女はどこか恥ずかしそうに光にお願いをする。

 「いいよ、って言っても三時くらいには仕事で出なきゃ行けないけど…」

 そう。類を拾ってしまったが為に一旦自宅に戻る必要があるのだ。

 「そうなんだ…、お仕事忙しいの?」

 「まぁね、憑き物落としの仕事はこれでもかってくらいあるし、悩み相談聞かなきゃならないやつらも沢山いるし、店の経営もしなきゃいけないし」

 光はどこか苛つきながら、仕事の事について思いを巡らせる。本当ならゆっくりと家で酒でも飲みながら横になりたいのだ。

 しかし、女はそんな光の事などお構いなしに、「そうなんだ。優しいんだね…」といじけてみせる。

 光は一瞬、女の態度に気分を害する。結局、誰もかれも自分の事で精一杯な事実に今までどれほど苦しめられて来た事だろう。

 「ごめん。本当はもっと一緒に居てあげたいんだけど…」

 光は出来るだけ女を傷つけないように、慎重に言葉を選ぶ。ここで本音をぶちまければ忽ち彼女たちは光の敵になる事を光は充分に理解している。

 「ううん。光君のせいじゃないから…」

 光の言葉に満足したのか、女はそう告げると「じゃあ、待ってるね」と言って通話を切った。

 光は通話が切れた事を確認すると、ハンドルに頭をもたげる。


 (あーしんど…)

 
< 28 / 105 >

この作品をシェア

pagetop