性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第二章【奇妙な男】
 目が覚めると、目の前には見知らぬ天井があった。

 (あれ?ここは…)

 徐々に意識が浮上してきた類はゆっくりと上半身を起こす。

 (病院…ではなさそう…)

 類は辺りを見渡す。どこか懐かしいような雰囲気の和室に、ここが誰かの家であることを察する。

 「そういえば…、私…」

 類はふと、ここに来る前の事を思い出す。

 「そうだ…、私…、確かあそこで…」



 
 「人生リタイアしようとしてた」




 「そ、そう。それで…」

 そこまでいいかけると、類は驚いた表情で声のする方へと振り返る。

 そこには、あのビルで出会った男が相変わらずのマスク姿で腕を組んだまま立っていた。

 「あ、あああ貴方!いつからそこに?」

 突然の事に類は驚きながら尋ねる。

 「あんたが、あのビルで倒れてここに運んだ時からだけど…」

 男は気怠そうに答えると、組んでいた腕を解放し類の傍へと胡座を描いた。

 「……」

 突然、近づいてきた男に類は思わず後ろへと身を引く。

 「どう?」

 「へ?」

 「体調だよ…」

 男は少し呆れた様子で、類の顔を覗き込む。

 「えっと…」

 正直ここに来るまでの記憶がない為、体調がどうかと聞かれてもどう返答していいのかわからない。

 「ま、まぁまぁです…」

 悩んだ末に出てきた言葉に男の綺麗な眉が釣り上がる。

 「良いのか、悪いのかハッキリしろ」

 少し低くなった声色に類は慌てて「良好です」と答え直す。

 「そうか、なら良かった」

 男はその言葉を聞くと、一つ溜め息をついてその場に立ち上がった。

 「腹は?」

 「え…?」

 「腹は減ってるか?」

 男は再びため息をついて、尋ね直す。

 「えっと、ま、減ってます…」

 正直、何か食事を取ろうという気分ではないが、先ほど「まぁまぁ」と答えて不機嫌にさせた事を思い出し、咄嗟に言葉を修正する。

 「そうか、なら着いてこい」

 男はそういうと、一つの襖から廊下へと出る。類も慌てて、布団から抜け出そうとすると足元に何かの布切れが引っかかった。

 (あれ…?)

 その時、初めて自分がいつもの私服では無い格好をしている事に気がつく。

 (浴衣?)

 白を基調とした生地に、淡い紫陽花の刺繍が施されている。どうやら、この家に運ばれた際に着替えさせられた様だ。

 「おい、さっさとしろ」

 廊下で待つ男が、不機嫌そうに声をかける。

 「す、すみません…」

 類は慌てて立ち上がると、言われた通りに男の後へと続いた。 
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