性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 「やべ、寝坊した…」
 
 結局、女の家で一夜を明かすことになった光は気怠い体を起こすと、隣で眠る女を起こさないように部屋を後にした。

 慌てて車へと飛び込んだ光はバックミラーで髪型を整えると、急いで自宅に向けて車を急発進させる。

 時刻は既に朝の五時時を回っている。

 このままでは、家で待つ類に怪しまれてしまう。
 
 「クソ、あいつ起きてっかな…」

 別に他の女のところへ行っていた事がバレたとしても問題は無いが、問題はこんなくだらない事で「やっぱり囮になるの辞めます」と言われてしまうことだ。

 (変にバレたらフォローすんの大変だしな…)


 光はハンドルを切りながら、この前のラウンジでの出来事を思い出す。 



 『私、やっぱり貴方に協力するの辞めます』


 正直、この言葉に光はかなり焦っていた。何故なら彼女がその仕事を辞めて仕舞えば、光が協会でのランクをあげる術がいよいよ無くなってしまう為である。


 ふと、光のスマホが着信を知らせる。

 光は耳にさしたワイヤレスイヤホンを接続すると、電話口の相手に向かって不愉快そうに「また、落ちたんだろ」と呟いた。

 電話口の女性はその言葉に、「え、えっと…」と戸惑った様子で応えると小さな声で「残念ながら…」と続ける。

 「ねぇ、何で毎度毎度俺だけ『玄』一段にあがれないの?十分基準は満たしてると思うし、実力も申し分ないと思うんだけど?」

 光は少々苛つきながら高圧的に女性を責める。

 「そ、それが…、会長の一存でして…、何でも、憑き物落としの件数がお父様より少ないことをが原因の様して…」

 女の言葉に光は顔を顰める。少なくとも今まで憑き物落としの件数は現役陰陽師の中では断トツでトップである。

 「へー、そうなんだ。因みに親父は現役時代何件こなしたの?」

 光は敢えて意地悪な質問を投げかける。

 「そ、それは…、かなりの件数と伺っております…」

 ざっくりとした返答に光は苦笑する。

 「なるほどね、要するに親父は俺を自分と同じランクに引き上げたくないから、裏で手を回してるって事でしょ?」

 「い、いえ…決してそのような事では…」

 「そういうことだろうがよ。あんた、親父の愛人かなんか?悪いけど、あんま適当なこと喋ると後で後悔するよ?」

 「…申し訳ありません」

 光の迫力に恐れをなしたのか、電話口の女性は素直に謝罪する。

 「その…、お父様としては、光様がこのまま陰陽師として働いて行く事をあまりよく思われていないようです…」

 「よく言うよ…、自分は好き勝手やってる癖に」

 「でも、お父様のお気持ちも理解できます。何せ陰陽師はとても危険な仕事。きっと我が子の身を案じてのご判断なのだと思われます…」

 まるで、父親の気持ちがわかるといった口ぶりに光は思わず反論する。

 「我が子の身を案じて?んな訳ねぇだろ。あんた騙されてんだよ。あの男は妻と子供を捨てた男だ。それなのに身を案じる?笑わせんのもいい加減にしろ」

 光はそういうと、一方的に通話を切った。ただでさえストレスフルな状況だというのに、家族間の問題に水を刺されは不愉快極まりない。
 
 (何が身を案じてだ…)

 そんな事言うのならもっと早くに身を案じて欲しかった。幼くして母を亡くしてから父親は直ぐに別の女の所に入り浸る様になった。そんな父が息子を心配して家に帰ってきたことなんて一度もない。たったの一度も…。

 光は情けないながらも目頭が熱くなる。

 寂しい時期に素直に寂しいと言えなかった苦しみがどれほど幼い光を苦しめたことか、

 「今更、心配なんかするかよ…、クソ野郎…」

 光は赤信号で停車すると、ハンドルに頭をもたげる。今まで散々苦しんできた。人生を投げ出そうと考えたことも幾度となくある。それでも今こうやって何とか生きているのは、父への復讐があるからだ。

 光は静かに鼻を啜る。

 こうなれば、意地でも類の体質を利用して件数を伸ばすしかない。圧倒的な数をこなせば、いくら何でも協会はその実力を認めざるを得ないはずである。

 「そしたら一気に内部からぶっ壊してやるよ…」

 光は顔を上げると、父への恨みを胸に類の待つ自宅に向けて車を走らせた。
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