性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 鴉天狗に着いて早々、礼二は少し驚いた表情で二人に近づくと、「よう、遅かったな」と行って頭を掻く。

 類はそんな礼二に深々と頭を下げると、丁寧に謝罪した。

 「別にいいって、よくあることだし…、それにお前の本業はどっちかっていうと、その…、なんだ…あれだろ」

 囮という言葉に気が引けるのか、礼二はゴニョゴニョと言葉を濁す。

 「そんなことより、礼二。この前俺に送ってきた案件、どうなった?お前の話じゃ打ち合わせは今夜ってことになってたが…」

 光の言葉に礼二は再び頭を掻く。

 「ああ、どうやらかなりヤバいらしいぜ?もう既にその屋敷に住んでる人間が三人共不審な死を遂げてるって話だ」

 淡々と話す礼二に、類は肩を震わす。どうやら陰陽師の仕事というのは想像以上にヤバいらしい。

 「そうか、それは下手したら取り込まれる可能性大だな…。礼二、清めの塩まだ残ってる?」

 「おお、一応まだあっけどよ、でもんなの効果あんのかよ?三人死んでんだぞ?」

 礼二の言葉に光は微笑む。

 「一応お守りみたいなもんさ、願掛けってやつ」

 「エリート陰陽師のお前が願掛けねぇ…」

 やれやれといった様子で調理場へと姿を消した礼二に、隣で話を聞いていた類は不安そうに光の洋服の裾を引っ張った。

 「どうした?」

 「いや…、その、そんなヤバい怨霊さんがいらっしゃるんですか…?」

 恐怖のあまり、何故か敬語で尋ねる。

 「まぁな、言っただろ。命の保証はできねぇって…」

 すると、光はどこか申し訳なさそうに眉根を下げる。

 「出来るだけ、俺が守ってやる。でも、にっちもさっちも行かなくなった場合は命の選択を迫られる時もある…。それだけはわかって欲しい」

 光の言葉に類は何故か心が締め付けられた。

 どうやら、彼にとっても人を死なせてしまうのは不本意な事らしい。

 (そうか、光さんも必死なんだ…)

 何となく、余裕そうに見えていた彼だが、それなりに責任のある仕事をしているのだ。全ての命を平等に守るというのはかなり難しい事なのかもしれない。

 礼二が清めの塩なるものを持ってきて直ぐに二人は光の車に乗り込んだ。本来であれば社へ直行する予定であったが、礼二から聞いた依頼主の温度感を鑑みた光は打ち合わせ無しにすぐ現場へと向かう判断を下した。

 「ひ、光さん…」

 「何?」

 「いえ…」

 明らかに、買い物の時と比べて口数の減った光に類は押し黙る。今から早速囮の仕事をするとなると心の準備が間に合わない。

 緊張した面持ちで助手席に座る類は窓の外を流れる景色を眺める。もしかしたら、今日でこの景色ともお別れかもしれない。

 「んな、緊張すんなよ」

 唐突に光が口を開いた。

 「囮って言っても、一人で屋敷の中に放り出す訳じゃない。必ず危険なポイントには俺も入る。だから、んな怖がんなくても大丈夫」

 いつもなら嬉しいはずの励ましの言葉ではあるが、何故か今は素直に喜ぶ事ができない。

 「そ、そうですね…」

 そんな類の心情を見透かしたのか、光は珍しく話を続ける。

 「一応…こう見えて俺は安倍晴明の末裔なんだ。知ってる?安倍晴明」

 意外な人物の名前に類は小さく頷く。確か、安倍晴明と言われれば歴史上最強と唄われた陰陽師の名前である。

 「だから、こう見えて妖術の類は得意なんだ。今までにも数えられないくらい憑き物落としはやってるし、それなりに結果も残してる。だから安心しろ。すぐに死ぬって事はねぇからさ」

 どこか安心させるように話を続ける光に、類はそっと微笑む。命の保証は無いと言いながらも、彼は彼なりに一生懸命守ろうとしてくれているのだ。

 「光さん」

 「何?」

 「ありがとうございます。でも…」

 何か伝えようとする類の姿に光は首を傾げる。

 「…無理しなくていいですからね」

 光は静かに耳を傾ける。

 「本当に無理だと思った時は…」

 類は一瞬、間をおくと、

 「私の命は貴方に差し上げます」
 
 類の言葉に光は何も言い返せなかった。
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