性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 今にも類の腕がポキリと折れそうになる。少女は相変わらず物凄い力で類の腕から手を離そうとしない。あまりの痛みに身体中から変な汗が吹き出し、口からは降参の二文字が溢れ出そうになる。

 (も、もう、無理…)

 いよいよ、痛みも限界に達しようとしたその時ー、ふと誰かが、少女の手を類の腕から強引に引き離した。

 「な、何者じゃ貴様!」

 咄嗟に離れた類の身体は何者かに引き寄せられると、少女から距離を取る。

 「覚…」

 類はゆっくりと顔を上げると、そこには暫く見ていなかった怨霊の姿があった。

 「大丈夫かい?」

 覚はゆっくりと類を下ろすと、そっと頭を撫でた。

 「う、うん…、ありがとう…」

 久しぶりに見る怨霊の姿に類は何故かほっと胸を撫で下ろすと、その場にへちゃりと座り込んだ。

 「遅くなってすまないね。あの男のせいで中々形を成すことができなかったから…」

 「あの男…?」

 類はふと光の姿を思い出す。

 「それにしても、一体全体ここはどこだい?まるで魑魅魍魎の巣窟みたいじゃないか」

 覚はその長く美しい髪を掻き上げながら辺りを見渡す。

 「そ、それが…かくかくしかじかで…」

 「……全く君をこんな所に放り出すなんてムカつく野郎だ」

  「いや、放り出されたというか、連れていかれたというか…」

 話が通じているのか、いないのか、類は慌てて補足を付け加える。

 「気づいたらここに居たんです。別に光さんに放り出された訳ではありません」

 そう。光に直接何かされた訳ではない。すると、覚は盛大にため息を吐いた。

 「お前は本当にお人好しだね」

 「…お人好し?」

 少し呆れ顔の覚に類は思わず首を傾げる。

 「お前はあいつにいいように利用されてるんだよ」

 「そ、そんなことありません…!わ、私と光さんはビジネスパートナーです」

 「ビジネスパートナーねぇ。お前にとってこのビジネスは何のメリットがあるんだい?」

 珍しく類の事を小馬鹿にした様な覚に類は顔を顰める。

 「い、衣食住が保証されます!そ、それに仕事だって!」

 「そんなもの、他で探せばいくらでも保証されるだろ。お前はいい様に言いくるめられて、いい様に使われる契約を交わしただけだよ」

 「そ、そんなことありません!」

 「いいや、そうだ。こんな危険な仕事を請け負わなくとも、お前には他に沢山選択肢があったはずなんだ。だけどお前は楽な方へと逃げた」

 顔面に人差し指をさされながら、事実を突きつけてくる覚に類は何もいい返せなくなる。

 「いつもいつも楽な方へと逃げる。だから、あんな男に捕まるんだ。今も私が来なかったら君は腕をへし折られて悶え死んでいたろうね」

 「…そんな」

 覚に生まれて初めて説教じみたことを言われた類は情けなくなってその場に俯く。

 (なんか、いつもと違うー)

 いつも類の意見を肯定的に受け入れてくれていた覚に類は少し悲しくなる。これも光がかけた呪いの一種か何かだろうかー。



 「おい、主ら妾を忘れていないかー」



 ふと、先程まで蚊帳の外にいた少女が不満気に口を開いた。
 
 類はその言葉にハッと顔を上げると、少女はどこか寂しそうに掌をさすっている。

 「ご、こめんなさい!えっと、だから、私たちはそろそろこの辺でー」

 「本気か?」
 
 「…ええ、本気。光さんが待ってる」

 類の言葉に少女はどこか諦めたやうにそっぽを向く。

 「死んでも知らぬよ」

 「…?」

 少女の言葉に類は首を傾げる。

 「おっかあに食い殺されて死んでも妾、責任はとれんよ」

 「食い殺されるって…、だってお母さんはご病気でー」

 「あれは薬じゃ治せん。おっかあの病気はもっと深いもの…」

 「それって…」

 
 「呪いだね」

 ふと覚が口を開く。

 
 「の、呪いって、誰かにかけられたの?」

 「わからない。でもおっ父が出て行ってからおっ母はおかしくなった」

 少女は顔を伏せる。

 「出て行ったって薬を探しにいったのよね?」

 「もしくは女のところー、だったりね」

 覚の言葉に類は何かを察する。そうか、薬を取りに行くというのは口実で、子供と妻を捨てて家を出たのだ。必ず戻るという約束だけ残してー。

 「おっとうは妾が産まれてからおっかあといつも喧嘩してた。おっかあはいつも怒ってて、おっとうは妾にあれは病気だと教えてくれた」

 どうやら、少女が産まれて直ぐに男は妻以外の女と浮気をしていたらしい。それに腹を立てた妻を夫は病気だと罵った様だ。

 類は何故か胸の辺りがグッと苦しくなる。

 「それで、おっかあはいつも藁でできた人形に釘打ってた。何か呟きながら家事も炊事も妾のことも忘れて一心不乱に打ってた」

 「…人を呪わば穴二つってやつだね」

 「それって、人を貶めようとすると自分にも悪いことが起きるっていうやつ?」

 「ああ、そうさ。人形に五寸釘を打つくらい、夫の事を憎んでいたんなら、それ相応の呪いが奥方にはかかっていただろうね」
 
 覚の説明に類はなるほどと頷く。

 「でも、そうなると今回の一連の犯人はお母さんって事になっちゃうけど…」

 正直その正体を突き止めても何の能力も無い類にはどうすることも出来ない。

 「そうじゃ、だから妾は止めてる。お前が戻っても連れの男は助けられん。それにー」


 
 これ以上おっかあに人を殺めてほしく無い。



 少女は振り絞る様にそう答えると再び顔を上げた。

 「だから、ここにいろ!ここにいた方が安全じゃ」

 「……もしかして、私のことを守ろうとしてここに連れてきてくれたの?」

 「それは…」

 「違うよ」

 「なんで、覚が答えるのよ…」

 再び口を挟んできた覚に今度は類が溜め息を吐く。

 「だってそうだろ?最初はお前を殺そうとしてた」

 「それは…」

 「大方、母親と役割分担でもしたんだろう。お陰で母親はあの男だけを仕留めればいいからね」

 「役割分担?なんでそんなこと…というか、なんで光さんや私を襲う理由があるの?払われちゃうから?そもそも全く関係ないじゃ無い」
 
 「一度暴走した呪いっていうのはね、理由なんかいらないのさ。あれはもう憎しみの塊の様な存在。言うなればただのエネルギー体。ただそこに存在していて、触れたものをただ取り込む。それだけなのさ」

 どこか寂しそうに呟く覚に類は何も言えなくなる。

 「そして、今ここにいる少女も母を助けたいと願う唯のエネルギー体。人はそれを想念とかいうけど、私は死んだ時の波動がそのままそこにあると考えているよ」

 覚の言葉に少女は少し微笑む。

 「そういうお前もじゃ、お前もその女を守りたいと思った者の歪んだエネルギー体じゃ」

 少女の指摘に覚は苦笑する。

 「あぁ、そうかもしれないね。だが今はそんな事どうでもいいさ。我々が考えるべきは、ここに留まるか、ここから出るか。この二つの選択だけだ」

 覚はそう言うと、類の方へと視線を逸らす。

 「さて、どうしたい?お前が決めるといい、ここにいれば少なくともこの少女の母親に食い殺される心配はない。でもあの男には二度と会えないだろうね。反対にここを出れば食い殺される心配はあるが、あの男にもう一度会えるかもしれない…」

 どこか試す様に、類に決断を委ねた覚はその場にゆっくりと胡座を描く。

 「まぁ、それか私がお前をこの世から離脱させることも出来るがねー」


 一応、第三の選択も委ねておくよ。

 怨霊はそう呟くと、怪しい微笑を称えて見せた。
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