性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第九章【掃除当番】
 初めての大仕事を終えた類は、光に連れられるがまま社へと放り出されると、有無を言わさず帰宅を余儀なくされた。

 今思えば、かなり濃厚な二日間だった様に思う。

 光との喧嘩に始まり、自宅へ招かれ、ショッピングをし、夜は陰陽師のお仕事を手伝い…。

 (なんか、どっと疲れた…)

 時刻は既に朝の四時を回っている。どうやらあの屋敷で、それなりに時間が経過していたらしい。

 類はもう一度小さく溜め息を吐くと、足下に置かれた大量の紙袋を両手一杯に持つ。出来ればあの後ゆっくり光と話がしたかったのだが、どうやら有名陰陽師さんはそんなことしてる暇などないらしい。

 (流石に、みんな起きてないよね…)

 いくらなんでも鴉天狗の開店にはまだ早い。

 できるだけ皆んなに迷惑をかけない様に静かに玄関の扉を開ける。

 「何者だ」

 「え?」

 突然背後から声をかけられる。

 類はどこかで聞いたことのある声に恐る恐る振り向く。

 「貴方…」

 そこにはいつぞやの夢で見たことのある老人が怪訝そうな表情をして立っていた。

 「もう一度聞く。何者だ」

 老人の言葉に類はハッと我に帰ると、「え、えっと、この前からこちらでお世話になってます。南雲類と申します…」

 少し動揺しながらも、なんとか自己紹介をする。

 「……」

 「……」

 (ん?あれ?何かめっちゃ気まずい…)

 両者、見つめ合う形で黙り込む。

 「え、っと…」

 「…また変なモンを拾ってきたな」

 「はい?」

 老人は分かりやすく溜め息を吐くと、視線を類の紙袋へと移す。

 「夜遊びか?」

 「違いますよ」

 どうやら、朝方まで遊んできたどうしようもない女の様に見えたらしい。

 「じゃあ今までどこにいっていた?」

 「光さんのお仕事のお手伝いをしに行ってたんです」

 「お前さん、憑かれ人か…」

 何故か少し同情するような表情を見せた老人に類は首を傾げる。

 「憑かれ人なら仕方あるまい…。わしの名前は土御門獏《つちみかど ばく》光の祖父に当たるものだ。今はここ含めた複数の社を管理しておる」

 「光さんの…、お爺さん?」

 なんだかあまり似ていないのは光が母親似のためだろうか。

 「そう。そして、あの馬鹿息子の父でもある」

 老人はどこか自重気味に呟くと、何か思い出したかの様に目を伏せる。

 「お爺さん…?」

 類は少し心配そうに声をかける。

 「お嬢さん、悪い事は言わん…。協会には決して近づいてはならん。いいな?仕事を受ける時は全て光伝手にしておきなさい」

 「え…、は、はい」

 「特にあの馬鹿息子に取り入られてはならん。お前さんの人生が晴さんの様になりたくなければ…」

 「おい!爺さん!」

 獏の話を途中で遮る様に、何者かが大声を張り上げる。驚いた類は声のする方へと視線を泳がすと、そこにはジャージを着た礼二の姿があった。

 「礼二か…」

 「礼二か…じゃねぇ!いつもいってんだろ!こっち来る時は来るって連絡入れろって!これじゃあまた行かなきゃ何ねぇだろーが」

 そう言って不満そうに頭を掻く礼二の手にはスーパーのビニール袋が握られている。

 「ふん。どうせスーパーは二十四時間空いておる。もう一度お前さんが行けばいい話だろう…」

 「んな!ふざけんな!一体どんだけ俺を顎で使ったら気が済むんだじじぃ!」

 「仕方なかろう…。居候が嫌ならさっさと金を貯めて出ていくがいい」

 獏はそう言うと、分かりやすく溜め息を吐いてどこかへと姿を消してしまった。

 「ったく…。ケータイ使えねぇからって、いつも突然来やがって…」

 礼二の文句に類はおかしそうに笑う。

 「何がおかしいんだ…?」

 「いえ。社は今日も平和だなーって」

 類の言葉に今度は礼二が溜め息を吐く。

 「ま、ここはいつもこんなんだ…ってかさ、お前」

 「ん?」

 「……、いや、すげぇ荷物な」

 「そ、そうですよね…。運ぶのが大変で」

 類は困った様に荷物を揺らす。

 「ったく…しゃあねぇな。ほれ、貸してみ」

 「いや、いいですよ!」

 類の手から荷物を半分取りあげようとする礼二に類は慌てて後ろへ下がる。

 「いいよ、お前が運ぶと遅せぇし。それに、俺はいつもエリカの荷物持ちで慣れてんだよ」

 そういっていとも簡単に類から荷物を奪った礼二は何事もなかったかの様に本殿に向かって歩き出す。

 (やっぱり礼二さんって、見かけによらず優しい…)

 前々から思っていた事だが、何故世の中の女性は礼二のような優しい人間ではなく。光の様な少し闇のある人間に惚れてしまうのか。

 「あ、そういえば礼二さん!」

 「ん、何?」

 「南雲類。無事帰宅しました!」

 ビシっと敬礼を決めて見せると、礼二は少年の様にはにかんだ。

 「おう。おかえり」
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