性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
「ここの境内ってこんなに広かったんだね…」
朝食を食べ終えた類は誠に連れられ、想像より遥かに離れた場所へと置かれた掃除用具達を見て呟いた。
「えぇ、ここはかなり昔からある社の一つですから…そんなことより、大丈夫ですか?類さん?」
普段、あまり歩き慣れていない事が誠にバレてしまった類は少し恥ずかしそうに「うん、なんとか」と苦笑する。
誠は掃除用具を取り出しすと、その中のいくつかを類に手渡す。
「まぁ、驚くのも無理ありません。真ん前からみるとそう広く感じませんが、母屋の裏はとにかく細長いので端まで歩くと結構な時間になります」
誠はひとしきりの掃除用具を出し切ると、一番角の柵が見え隠れする場所を指差す。
「一応、あそこの端までがこの社の敷地です。あそこから入り口の鳥居までの間を掃き掃除します」
「え、あそこから鳥居まで…?」
今し方きた道のりを思い出し類はどっと気分が重たくなる。
「安心してください。僕も学校がある日は枯葉の落ちている部分を適当に掃いて終わりです。今までそれで怒られた言は一度もありません」
誠の言葉に類はほっと胸を撫で下ろす。
「よ、よかった…。てか誠君って小学生だったね。偉いね。いつもこんな大変そうなお掃除して」
類は小学生にも関わらず当番をしっかりと守る誠を素直に褒める。しかし、何故か誠の表情はあまり嬉しそうではない。
「別に。ここではそれがルールですから…それに、これで遅刻できるならそっちの方が都合がいい」
誠らしからぬ発言に類は首を傾げる。
「学校、つまらない?」
類の質問に誠は一瞬肩を震わす。
「別に、つまらないと思ったことはありません。授業は楽しいですし、日々様々な発見があります。でも…」
「…しんどい?」
誠が答えるよりも先に口をついて出てしまった言葉に類は慌てて謝罪する。
「ご、ごめんなさい!私、なんか、今勝手に…」
しかし、誠はおかしそうにクスクスと笑っている。
「えぇ、おっしゃる通り。学校はとても素晴らしい場所です。知りたいことを知れるし、それを教えてくださる先生もいます。でも、人間関係だけはどうにも上手く出来なくて…」
誠はそう言うと寂しそうに、空を仰ぐ。
「苦手なんです同い年の人が。なんというか、あまり話が合わなくて…、見る見るうちに僕は「気取り屋」とあだ名がつく様になりました」
自嘲気味に笑う誠の姿に類の胸がギュッと締め付けられる。
「なので僕にとってここの掃除はありがたいんです。遅刻していけば怒られはしますが朝礼までの苦痛な時間を過ごさなくて済みますから」
朝礼までの苦痛な時間ー。その言葉だけで類は誠がどれほど酷いイジメを受けているのかを察した。
「そ、それ、先生は?先生には相談してるの?」
もしそれなりに酷いイジメであれば教師は薄々気づいている筈である。
「えぇ、かれこれ五回ほど。でもいいような結果は得られませんでした。もちろん、それは教師の方が動いてくれなかったと言う意味ではありません。彼らは僕のためにとても頑張って下さいました。でも…、結局解決には至りませんでした」
誠の話を聞く限り、いじめというのはそう簡単に解消できる問題では無いらしい。
(まぁ、大人の世界にもあるくらいだもんね…)
類はなんとなく今までの人生を振り返って納得する。
「そんなことより、類さん。光兄さんとの仕事はいかがでしたか?」
誠はこれ以上詮索されたく無いのか、やんわりと話題を変えた。類はその質問に、昨夜のおぞましい出来事やら光のミラクルな行動の数々を臨場感たっぷりに説明してやった。
「それは、光兄さんらしいですね」
口元を押さえながらクスクスと笑う誠に類は頬を膨らませる。
「そんでもって、すんごく口が悪いの!あれでもっと思いやりのある言葉が使えたらちょっとは素敵だなって思えるのに…」
類はあの晩、優しく接してくれた光のことを思い出す。
「類さんから見た光兄さんは意地悪に見えるんですね?」
「うーん、意地悪っていうか…」
凄く嫌な奴とまではいかないが、かなり変わった人だと思う。と素直に光のイメージを伝える。
「まぁ確かに光兄さんは時々情緒が安定しない場面がありますね」
誠は地面に落ちた枯葉を掻き集めながら答える。
「でしょ?なんか意地悪だと思ったら、優しくしてくれたり…、優しくしてくれたと思ったら意地悪だったり…」
類はラウンジでの光の姿を思い出す。
「ラウンジで休憩した時なんか、別人みたいに怖くて、でもその後はとっても優しくて…」
「距離を測ってるのだと思いますよ?」
「距離?」
「ええ…、人との距離です。光兄さんは、あぁ見えて人との距離をとても大切にされている様に見えます」
誠の見立てに類は意外だといった表情で瞬きをする。
「彼なりに必死で相手にとっての、心地よい自分を探しているのだと思います」
「相手にとって心地よい自分って…、要するに嫌われない様にしてるってこと?」
まさか、嫌われないための行動だとは考えもしなかった。
「人との距離って難しいですよね、近すぎても駄目だし、遠すぎても駄目。光兄さんは人と一緒にいるのが苦手なんだと思います。でも、仕事上仕方なく側にいる必要がある。だから距離を測るんです。単純に相手にとっても自分にとっても不快じゃ無い場所を探しているんだと思いますよ」
誠はそこまで話すと、
「あの人は優しい人ですからー。」
と小さな声で呟いた。
朝食を食べ終えた類は誠に連れられ、想像より遥かに離れた場所へと置かれた掃除用具達を見て呟いた。
「えぇ、ここはかなり昔からある社の一つですから…そんなことより、大丈夫ですか?類さん?」
普段、あまり歩き慣れていない事が誠にバレてしまった類は少し恥ずかしそうに「うん、なんとか」と苦笑する。
誠は掃除用具を取り出しすと、その中のいくつかを類に手渡す。
「まぁ、驚くのも無理ありません。真ん前からみるとそう広く感じませんが、母屋の裏はとにかく細長いので端まで歩くと結構な時間になります」
誠はひとしきりの掃除用具を出し切ると、一番角の柵が見え隠れする場所を指差す。
「一応、あそこの端までがこの社の敷地です。あそこから入り口の鳥居までの間を掃き掃除します」
「え、あそこから鳥居まで…?」
今し方きた道のりを思い出し類はどっと気分が重たくなる。
「安心してください。僕も学校がある日は枯葉の落ちている部分を適当に掃いて終わりです。今までそれで怒られた言は一度もありません」
誠の言葉に類はほっと胸を撫で下ろす。
「よ、よかった…。てか誠君って小学生だったね。偉いね。いつもこんな大変そうなお掃除して」
類は小学生にも関わらず当番をしっかりと守る誠を素直に褒める。しかし、何故か誠の表情はあまり嬉しそうではない。
「別に。ここではそれがルールですから…それに、これで遅刻できるならそっちの方が都合がいい」
誠らしからぬ発言に類は首を傾げる。
「学校、つまらない?」
類の質問に誠は一瞬肩を震わす。
「別に、つまらないと思ったことはありません。授業は楽しいですし、日々様々な発見があります。でも…」
「…しんどい?」
誠が答えるよりも先に口をついて出てしまった言葉に類は慌てて謝罪する。
「ご、ごめんなさい!私、なんか、今勝手に…」
しかし、誠はおかしそうにクスクスと笑っている。
「えぇ、おっしゃる通り。学校はとても素晴らしい場所です。知りたいことを知れるし、それを教えてくださる先生もいます。でも、人間関係だけはどうにも上手く出来なくて…」
誠はそう言うと寂しそうに、空を仰ぐ。
「苦手なんです同い年の人が。なんというか、あまり話が合わなくて…、見る見るうちに僕は「気取り屋」とあだ名がつく様になりました」
自嘲気味に笑う誠の姿に類の胸がギュッと締め付けられる。
「なので僕にとってここの掃除はありがたいんです。遅刻していけば怒られはしますが朝礼までの苦痛な時間を過ごさなくて済みますから」
朝礼までの苦痛な時間ー。その言葉だけで類は誠がどれほど酷いイジメを受けているのかを察した。
「そ、それ、先生は?先生には相談してるの?」
もしそれなりに酷いイジメであれば教師は薄々気づいている筈である。
「えぇ、かれこれ五回ほど。でもいいような結果は得られませんでした。もちろん、それは教師の方が動いてくれなかったと言う意味ではありません。彼らは僕のためにとても頑張って下さいました。でも…、結局解決には至りませんでした」
誠の話を聞く限り、いじめというのはそう簡単に解消できる問題では無いらしい。
(まぁ、大人の世界にもあるくらいだもんね…)
類はなんとなく今までの人生を振り返って納得する。
「そんなことより、類さん。光兄さんとの仕事はいかがでしたか?」
誠はこれ以上詮索されたく無いのか、やんわりと話題を変えた。類はその質問に、昨夜のおぞましい出来事やら光のミラクルな行動の数々を臨場感たっぷりに説明してやった。
「それは、光兄さんらしいですね」
口元を押さえながらクスクスと笑う誠に類は頬を膨らませる。
「そんでもって、すんごく口が悪いの!あれでもっと思いやりのある言葉が使えたらちょっとは素敵だなって思えるのに…」
類はあの晩、優しく接してくれた光のことを思い出す。
「類さんから見た光兄さんは意地悪に見えるんですね?」
「うーん、意地悪っていうか…」
凄く嫌な奴とまではいかないが、かなり変わった人だと思う。と素直に光のイメージを伝える。
「まぁ確かに光兄さんは時々情緒が安定しない場面がありますね」
誠は地面に落ちた枯葉を掻き集めながら答える。
「でしょ?なんか意地悪だと思ったら、優しくしてくれたり…、優しくしてくれたと思ったら意地悪だったり…」
類はラウンジでの光の姿を思い出す。
「ラウンジで休憩した時なんか、別人みたいに怖くて、でもその後はとっても優しくて…」
「距離を測ってるのだと思いますよ?」
「距離?」
「ええ…、人との距離です。光兄さんは、あぁ見えて人との距離をとても大切にされている様に見えます」
誠の見立てに類は意外だといった表情で瞬きをする。
「彼なりに必死で相手にとっての、心地よい自分を探しているのだと思います」
「相手にとって心地よい自分って…、要するに嫌われない様にしてるってこと?」
まさか、嫌われないための行動だとは考えもしなかった。
「人との距離って難しいですよね、近すぎても駄目だし、遠すぎても駄目。光兄さんは人と一緒にいるのが苦手なんだと思います。でも、仕事上仕方なく側にいる必要がある。だから距離を測るんです。単純に相手にとっても自分にとっても不快じゃ無い場所を探しているんだと思いますよ」
誠はそこまで話すと、
「あの人は優しい人ですからー。」
と小さな声で呟いた。