性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第十章【仮初夫婦】
 結局、光に「まぁ、そんなとこ…」と言葉を濁されてしまった類は顔面蒼白の状態で光の愛車へと乗り込む。

 「エリ、エリ、ザバクタニ…」

 「んな、絶望すんな。ってかんなに嫌かよ俺との仕事…」

 何故か天に向かって両手を合わせる類の姿に光は顔を顰める。

 「嫌に決まってるじゃないですか!、光さんは術が使えるからいいかもしれませんけど、私は身ぐるみ一枚なんですよ?!」

 尚も、ぶつぶつと文句を並べる憑かれ人に光は盛大に溜め息を吐く。

 「得意の怨霊召喚があるだろーが」

 「だから、私にそんなスキルはありませんって」

 「どうだか?」

 「あ!その目は私のことを疑ってますね!」

 「なんだ、気づいてやがったか…」

 「やっぱり!」

 「出会って数日の女を信用するかよ」

 「出会って数秒の女を助けた人の言葉とは思えませんね」

 「…それはそれ、これはこれだ馬鹿野郎」

 類に痛い処をつかれてしまった光は話のネタを変える為、後部座席に置いてあった鞄の中から一枚の紙切れを取り出した。

 「はい、コレ」

 「何ですか?これ…」

 「見てわかんない?授業参観の日程表」

 類はその言葉に改めて紙に目を通す。そこには《五年三組授業参観のご案内》と書かれていた。

 「へー、授業参観ですか…、誠君のですか?」

 「他に誰が居んだよ…」

 「光さんの隠し子とか?」

 「居たとしてもお前には言わねぇよ…」

 光はそう言うと、同じ様に鞄から黒縁の眼鏡を取り出す。
 
 「次の仕事はこれな。一応それっぽい服はこっちで用意するからお前はへらへら笑って教室の後ろに立っててくれればいい」

 「へらへら笑ってって…、え?!私が誠君の授業参観いくんですか?!」

 何となく次の仕事内容を理解した類は思わず驚きの声を上げる。

 「こんなの、親御さんにお願いする方がー」

 「あいつの親は務所の中。よって代理人の大人が行く必要がある」

 光の鋭い一言に、類は目を見開く。

 「言ってなかった?あいつの親、誠を殺そうとして捕まってんだ。そんで爺さんがどっかから拾ってきた」

 「そ、そうだったんですか…」

 類は誠が心の奥深くに抱えていた形容し難い何かを垣間見た気がした。

 「それで、本当は代理人の爺さんが行く方がいいんだけど…いかんせんあの歳だろ?誠の親として参加するには少し目立ち過ぎる」

 「目立ったら、駄目なんですか?」

 光は類の質問に目を細める。

 「あれくらいの歳の子供ってのはな、自分達と違う所を持った人間をおかしいと思うもんなんだよ。ただでさえ、誠はクラスで少し浮いてんだ。そんな中、攻撃のネタになるようなもんぶっ込んでみろ。余計に悪目立ちして終わりだ…」

 光の説明に類は少し納得する。

 「要するに誠君が、これ以上虐められないように私に来てほしいと?」

 「のぼせあがんな。適任者が他に見当たらなかったから仕方なくお前に頼んでるだけ」

 仕方なく頼む人の態度ではないような気がするが、それはいつもの事だったと開き直り素直に「すみません…」と謝罪する。

 「ま、この前の時みたいに会話の進行は俺がする。お前はいつも通り、俺の隣でヘラヘラ愛想振り撒いてくれるだけでいいよ」

 何だかいい方に、悪意を感じるがこれもまたいつもの事だと開き直り小さく頷く。

 「一応立ち位置としては、俺が代理人爺さんの息子で、お前は俺の嫁な。高齢の爺さんに代わって誠の面倒を見てる息子夫婦って学校には伝えてあるから、くれぐれも変なこと口走るなよ、それから…」

 「ちょ、ちょっと待ってください!」

 「何…?」

 情報量の多さに類は思わず話を途中で遮る。

 「えっと、その設定必要なんですか…?ってかそれなら光さんだけでも問題ないのでは?」

 そもそも、代理人の息子夫婦が授業参観に行くのも変な話ではなかろうか?

 「…男一人だと何かと面倒なんだよ」

 「…何が?」

 「…マダムが」

 「は?」

 光の口から出て来た意外な言葉に、類の口から間の抜けた声が出る。

 「だぁから、マダムに囲まれて大変なの。意味わかる?」

 光の質問に類はブンブンと首を横に振る。

 「…お前、マジで察しが悪いな。要するに、女が群がってきて大変だから妻役が必要なんだよ」

 どこか、恥ずかしそうに本音を口にした光に類は冷めた視線を送る。

 「…んだよ」

 「いや、こんな時にモテ自慢とか…」

 「しゃあねぇだろ…、事実なんだから」

 光は眼鏡を後部座席へと放り投げると、両手で顔を覆いながら運転席へと体を沈める。

 「…だから、お前が必要なの。わかった?」

 「…それなら瑞稀さんとかの方が適任なんじゃ」

 類は先程、出会った美しい女の姿を思い浮かべる。

 「瑞稀は駄目、美人すぎる」

 「は?」

 それは、要するに?

 「遠回しに最低な事言ってんの分かってます?」

 「遠回しじゃなくても、お前は美人の部類には入んねぇだろ…」

 「本気で怒りますよ?」

 「お前、いつも怒ってんのな」

 「…」

 この時、瑞稀が一日三秒でもいいから人の気持ちについて考えろと放ったこの意味がよく理解できた様な気がした。

 「ま、そう言う事だから、よろしく」

 「私、まだやるなんていってませんよ?」

 まるで、一方的なお願いに類は顔を顰める。

 「そもそも…、人にお願いするときはー」


 類がお願いの仕方を説明しようとした次の瞬間ー。



 「お前って本当に察しが悪い女だな」



 突然、世界が反転した。
< 48 / 105 >

この作品をシェア

pagetop