性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 光の言葉に一瞬、抵抗を覚えた類であったが、何故かその言葉を否定出来ない自分に妙な違和感を覚える。

 (あれ、口が開かない…)

 何故か口元が重たく、言葉を発しようとしても口を開く事ができない。

 類はその時、ふと男と出会った時の事を思い出す。確かあの時も光の放った言葉によって動きを封じられた類は、そこで一つの結論に辿り着く。

 どうやら、彼の言葉には何かしらの力が宿っているようで、その言葉を唱えられると、人形の様に【それ】に従ってしまう様だ。

 類はまるで、他人事の様に納得する。

 (そうか、私…操られてる)

 しかし、何故かそれでいいような気がした。

 どうせ、戻る場所などない。

 自分を待っている家族もありはしない。

 ただ、寂しい孤独を受け入れるくらいなら、ここで家族として暮らした方が幸せである。

 類は虚な瞳で下を向く。

 何も言い返さない類の姿に、光は満足そうに微笑むと静かに手を合わせる。

 「それでは、ーーを頂くとしよう」

 その言葉を合図に、卓を囲んでいた者達も手を合わせる。

 類も言われるがまま、手を合わせる。しかし、そこでふと疑問に思う事が起きた。

 「あ、あの!」

 突然口を開いた類に、箸を持ちかけた全員が驚いた表情で顔をあげる。

 「あ、あの、すみません…私、その、なんで…」

 類は混乱したように、何か喋ろうとする。今疑問に思ったこと。ふと一瞬感じた事。まるで誰かに背中を叩かれた様なそんな感覚。しかし、やはり思う様に言葉が出ない。

 (違う…、何か変だ…)

 ようやく、その疑問にたどり着いた類は辺りを見渡す。

 (この人達、おかしい…)

そう。まるで人間の様に振る舞っているが恐らくそうではない。

 「あ、あの!私帰らなきゃ…」

 類は慌ててその場に立ち上がる。よくわからないがこの場にいてはダメな様な気がした。

 「お、お世話になりました…」

 慌てて、来た道を戻ろうと大きな襖に手をかけようとする。しかし、

 「【待て】」

 再び、光が放った言葉に類の身体が停止する。

 「どこへ行く?」

 類は何とか身体を動かそうとするが、足が鉛の様に重たく動かすことが出来ない。

 背後から徐々に、光の声が近づいてくる。

 「帰ると言ったな?」

 物凄い圧に、潰されそうになりながらも類は必死に口を開く。

 「は、はい…」

 「何処に?」

 「い、家に…」

 「誰もいないのに?」

 「…」

 どこか、嘲笑するように尋ねる光に類の目頭か熱くなる。

 「お前に帰る場所なんて無い」

 「ッ…!」

 「お前はここにいるべきだ」

 「ち、違う!」

 「ここに【居ろ】」

 「嫌だ!!」

 「お前を救えるのは私だけだ…」

 類の耳元でそう呟く光は怪しく微笑むと、類の頬をそっと撫でた。

 「やめて…」

 「また泣くのか?だから私と来いと、あれほど行ったのに…」

 すると、先程まで光の形をしていた男は見覚えのある男へと変化する。

 「…さとり」

 類は驚いたように目を見開く。

 「さぁ、こい!私がお前を守ってやる!」

 覚は類の腕を思い切り引っ張る。

 「嫌だ!やめて!!」

 「何故、私を拒む!お前をここまで救ってやったのはこの私だ!」

 「…そんなの!知らない!」

 尚も強い力で引っ張ろうとする覚に、類は必死に抵抗す
る。

 「類!私を見ろ!」

 「嫌だ!!」

 「類!!!」

 「覚…もうやめて…」

 類は涙を流しながら、懇願する。



 「お願いだから、もう私に話しかけないで!」
 
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