性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 (あーあ、つまんねぇな…)

 ランドセルを枕に相馬悠人《そうまゆうと》はどんよりと曇った空を見上げて呟いた。

 今日は授業参観だというのに、自分の親はおろか、児童施設の人間も忙しいという理由で不参加である。

 (クソ…、何が授業参観だよ…)

 辺りを見渡せば、我が子の顔を見に来た親ばかり。まるで自分のことなど興味がない様なそんな空間に腹が立っていた。

 (ムカつく…)

 同じ境遇である、あの九頭竜誠ですら二人の保護者代理が来ているのいうのに、この差は一体なんなのだ。

 悠人は舌を打ちをする。俺があいつを虐めるのはあいつのせいだ。

 転校三回目にして出会えた同じ境遇の子供、やっと自分にも仲良くできる友達ができると思った。親の文句をいい合える仲間ができると思った。

 それなのにー、

 悠人は寝返りを打つ。

 「しゃあねぇよな。あいつが俺を怒らせたんだ…」

 声をかけた悠人に誠はこう言った。

 「私は別に親を恨んではいません…」

 悠人は何故かその言葉が癇に障った。

 「何が、恨んでませんだよ…、恨むだろ普通…」

 悠人は貧乏ゆすりをしながら、苛立ちを抑え込む。このどうしようもない怒りをどう扱っていいのかわからない。

 悠人は自分自身を抱きしめる。

 落ち着け、

 落ち着けよ、自分。

 大丈夫。

 大丈夫だから。

 しかし、その思いとは裏腹に悠人の心には沸々と小さな怒りが溜まっていく。

 
 クソ、

 ムカつく、

 ムカつく!

 どいつもこいつも、

 ふざけやがって!





 「随分と辛そうだな」





 突然見知らぬ男に声をかけられた。

 「…誰だよ、あんた」

 スーツを来た男は悠人の事を覗き込むと、その綺麗な目を細めてこう言った。

 「君が相馬悠人君?」

 保護者だろうか?しかし、保護者にしては耳に開けられた無数のピアス跡と緩められたネクタイが少し違和感を感じさせる。

 「…そ、そうだけど」

 いつもなら、大人にも容赦なく噛み付く悠人であるが、異様な雰囲気を纏ったこの男の前ではそれができない。

 「あー、良かった。あ、俺の名前は土御門光。誠の保護者代理って答えればわかるかな…?」

 悠人はその言葉に、何故か背筋が凍りつく。

 「…んだよ、俺を学校にチクるつもりか?」

 悠人は震える手を握りしめ、なんとか光を牽制する。

 「いや?んなめんどい事しねぇよ」

 「じゃあなんだよ!帰れよ!」

 なんとか、声を張り上げるが悠人の声は震えている。

 「んな、怖がんなって。別に取って食おうなんてしねぇから。ただ…」

 「べ、別に!怖がってねぇよ!バーカ!!」

 「へぇ…」

 「んだよ!バーカ!バーカ!お前に変なことされたって先生に言いつけてやる!」

 光はその言葉に、どこか余裕そうに笑って見せると慌てて自身の横を通り抜けようとする悠人の腕を思い切り掴んだ。

 「痛ッてぇな!離せ…」

 「…言いたいことは、それだけか?」

 「あ?」

 「言いたいことはそれだけかと聞いている」

 「…そ、そうだけど」

 凍りつく様なその言葉に、悠人の声が小さくなる。

 「そうか、なら【俺の質問に答えろ】」

 「は…、はい」

 何故か、その言葉に悠人は素直に頷くとその場にゆっくりと座り込んだ。

 「さて、じゃあ早速質問。なんで誠をイジメたの?」

 光は落ち着いた悠人から手を離すと、隣に胡座をかいて座りこむ。

 「…だって、あいつ、偽善者だから」

 「偽善者?誠が?」
 
 光は興味なさそうに尋ねる。

 「だって、あいつ!親に捨てられたくせに、親のこと恨んでないとか言いはるんだ!」

 悠人はもう構うまいと、怒りを光に投げつける。

 「おかしいよ!自分を捨てた親だぜ?恨まない奴がいるかよ!おかげで俺はずっとひとりぼっちだ!今日みたいな授業参観に誰も来やしねぇ!ふざけんなよ!」

 悠人のいい分に光は静かに耳を傾ける。
 
 「せっかく、友達になってやろうと思ったのに…、やっと話のわかる奴だと思ったのに…」

 「そんな理由で、イジメを?」

 光は少し悠人を煽る様に尋ねる。

 「そんな理由だと?!お前にはわかんねぇかもしれねぇけどな!俺には友達もいねぇし家族もいねぇんだ!だったら一番強くなるしかないだろ!誰も俺のことなんか守っちゃくれねぇんだ!だから強くなったんだ…!だから…」

 「弱い者イジメて強くなったの?」

 「ッ…!」 

 光の言葉に悠人は押し黙る。

 「まぁ、いいや。要するに自分だけ愛されてないって事が恨みの原因ね」

 「な!俺は別に!」

 「違くないだろ?お前の怒りの原因は自分が愛されていないという事実を認めたくないって事」

 「それは…!」

 「本当はどうしたかったの?」

 「は?」

 「お前の本音は?このまま誰かれ構わず当たり散らしておきたいのか、それとも仲のいい友達作って学校生活楽しみたいのか、それともこの学校で最強になってクラスメイトを支配したいのか…」
 
 光は片肘をつきながら尋ねる。

 「…んなの、学校生活を楽しみたいに決まってんだろ。でも、もう無理だ。俺は家族に捨てられたし、怒りもコントロールできねぇし。先生からも見放されてるし…」

 悠人は体育座りのまま頭を伏せる。

 「…お前、小学生のくせに人生悲観しすぎだろ」

 「うっせぇ、何とでも言えよ…」

 悠人は鼻を啜りながら、静かに反論する。しかし、そこには先程までの威勢は無い。

 「ま、気持ちはわかるよ。俺も少しの間施設にいた事あるから…」

 「…あんたも?」

 悠人は顔を上げる。

 「まぁ、その後爺さんが迎えに来てくれたけどな…。お前、親以外に親族は?」

 「じいちゃんばあちゃんはもう居ない。従兄弟もい居るかどうかわからない…」

 悠人は膝に顎を乗せながら答える。

 「そうか。じゃあ親が迎えに来るのを待つか、そんな親のこと忘れて前に進むしかねぇな…」

 「…」

 「その様子だと施設に入れたのは親の意思?それとも別の理由?」

 「母さんが勝手に手続きしてきた…」

 「へぇー、良かったじゃん」

 「は?あんた、今までの俺の話聞いてた?」

 場違いな光の発言に悠人は顔を顰める。

 「いや、だってさ、世の中には自分の子供を殺す奴だって居るんだ。それなのに、お前の親はわざわざ手続きしてお前を施設に入れてくれた。それってさ、少しズレてるかもしれないけど、愛情の一つだと思うよ俺は…」

 「はあ?意味わかんねぇ!ふざけんなよ!んな愛情あってたまるかってんだ!」

 悠人は不満そうに大声を張り上げる。

 「皆んなは普通に家族といれるのに、なんでだよ!何で俺だけんな意味わかんねぇ愛情向けられなきゃなんねぇんだよ!」

 「お前だけじゃないよ」

 光は小さな声で呟く。

 「俺もだし、誠もそうだ。それに、幸せそうに見えている家族にだって悩んでいる奴は沢山いる。家族と一緒にいられても暴力を振るわれる奴だっている」

 「…」

 光の言葉に悠人は押し黙る。

 「お前、さっき誠と友達になってやろうと思ったって言ってたな」

 「だったらなんだよ…」

 「じゃあ諦めな。お前はあいつとは友達になれねぇよ」

 「あ?なんでだよ!」

 悠人は不満そうに反論する。

 「お前とあいつじゃ考え方がまるで違う。誠はどんな不憫な状況でも人を恨んだりしない。現にお前のことも何とも思っちゃいない。それに比べてお前は恨み辛みばかりだ」

 「うっせぇ!!お前に俺の気持ちが…!」

 「わかんねぇよ。お前の気持ちなんざ。でもお前も俺の気持ちなんざ分からねぇだろ。誠の気持ちも、親の気持ちも。んなの死ぬまで分かんねぇよ」

 「…」

 「だから、余計なところにエネルギーを消費すんな。さっき楽しく学校生活を送りたいって言ったよな?だったらそのことだけを考えて生きろ」

 「そのことだけを?」

 「そう。学校生活を楽しく過ごすのに親は関係ねぇ。お前が楽しくしてれば自ずと友達も増える。今のお前はエネルギーが重くて近寄りがたい。もっと軽くなれ。執着すんな。その重たい思いを手放せばきっと親だって戻ってくる」

 どこか説得力のある光の言葉に悠人はいい返す言葉が見当たらない。

 途端に黙り込んでしまった悠人に、光は小さく溜め息を吐くと胸ポケットから小さな紙を取り出した。

 「はい」

 「…何だよ、これ」

 光はそれを悠人へ手渡すとその場に立ち上がる。

 「俺の電話番号とメッセージID…。携帯くらい持ってんだろ。なんか困ったことあったら連絡しな、話くらいなら聞いてやる」

 光の言葉に悠人の瞳が揺れる。

 「じゃ、俺行くから」

 「ま、待って!」

 「…何?」

 「…く、九頭竜に、その、ごめんって言っておいて」

 悠人の搾り出すような言葉に、光は苦笑する。

 「嫌だね。そう言うのは本人に言えば?」
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