性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 類は光から囁かれた言葉に目を見開く。それと同時に何故彼が自分に謝罪するのかを理解した。

 「…光さんの、お父さん」

 「うん…」

 光は小さな声で相槌を打つと類の身体を解放する。

 「俺が言うのも何だけど…俺の親父さ、頭イカれてんだ…」

 「…」

 「爺ちゃんも手のつけようがないくらいでさ、前お前に声かけて来た堂上って奴いただろ?あいつと手を組んで裏でよよくない事色々やってる」

 確か堂上とは以前、街角で声をかけて来た気味の悪い男である。

 「親父はね、陰陽師としては最強なんだ。協会の会長だしな。でもそれ故に、人間として何かが欠けてる…」

 光は両手で顔を覆いながら、その場に俯く。

 「…それって、それって、今も尚悪い事をしてるって事ですか…?」

 「あぁ。そうだよ…」

 「…なんで」

 「ん?」

 光は歯切れの悪い類の質問に顔をあげる。

 「なんで、何で、誰も止めないんですか…」

 類の表情は少し怒っている。

 「仮にも、光さんのお父さんですよね?家族ですよね?何で、何でそのまま放置してるんですか?」

 「…」

 「会長で偉いのはわかりますけど、そんなの…」

 「止められないんだ」

 類の言葉を遮る様にして光は答える。

 「止められない…?」

 「そう。止められないんだ誰にも…。親父は力を持ちすぎた…、あれに勝てる陰陽師はいない」

 「そ、そんなの、話し合えば…」

 「話し合いに応じてくれる親父ならもうとっくに話してる。そもそも、ここ十年以上面も見てねぇ…話したきゃ協会でランク上げて手続きしてから来いって言われる始末だ」

 光は苛立たし気に頭を掻く。

 「…だから、無理。爺ちゃんも何度か話し合いの場を設けたみたいだけど、てんで響かない」

 「…そんな」

 類は今にも泣きそうな表情で光を見つめる。すると、光は何を思ったのか再び類の身体を抱き寄せた。

 「…光さん?」

 「…何度もごめん、でも聞いて。俺さ、今までに協会の案件を結構な量こなしてるんだ。協会では憑き物落としをした怨霊の数や強さによってランクが上がる仕組みになってる。前はぐらかしたけど俺は今、玄のニ段。一段まで昇格ができれば協会の中に組織された上層部の会議に出席が許される」

 「上層部…?」

 「うん。上位ランクの陰陽師だけで構成された議会の様なものがあるんだ。そこには当然親父も出席する。手続きをすれば一対一での面会も可能だ」

 光の説明に類は納得する。

 「要するに、そこまでしないと会えないって事ですか…」

 「そういうこと。そして、そのためにはお前の力が必要なんだ。俺なんかと一緒に居たくはないだろうけど…、頼む。まだ俺から離れて行かないで。お願い…」

 光はそう言うと類をこれでもかと強く抱きしめた。

 「…もっと強くなって、親父と面会できたらお前の親のことも聞いてやる。それでもし覚の話が本当であれば然るべき償いをさせてやる。だから、俺を信じて。頼む…」

 「…」

 「…」
 
 しばしの沈黙が二人の間に流れる。いつもの光からそんな事を言われれば当然ノーと答えたはずだが、今日の光はどうにもいつもと様子が違って見える。

 信じていいのだろうか?

 もし、これが演技だとしたら?

 自分を上手く利用する為の嘘だとしたら?

 類の心の中で様々な疑念が浮上する。

 しかし、今更断るには選択肢が少なすぎる。

 家に帰る?

 一から自分で自立する?

 それとも…、

 類はふと覚のことを思い出す。少し前であればこの場に実体化して類をあの世へと誘ってくれただろうが今はそれも無い。

 「…わかりました」

 類は、覚悟を決めるとゆっくりと光の背中に手を回した。

 「その代わり、これから私に隠し事はしないで下さい」

 「…」

 類の言葉に光は目を細める。

 「…俺、そんな隠し事してる様に見える?」

 「見えます」

 「…」

 「だから、光さんのこと全部教えて下さい。でなきゃ、信じきれません。今の光さんには壁を感じます…」
 
 「壁?」

 「なんか、その…、友達や恋人ではないので当然なのかも知れませんが、私の知らないことばかりで…。でもそれも聞いてはいけない様な気がして、とにかく気を使うんです!」

 類は顔を上げて光に今の気持ちを訴える。

 「…俺の、全てを知りたいの?」

 「…まぁ、そういうことになりますかね」

 「…」

 光はしばらく、類の瞳を見つめる。彼女の視線からは動揺や嘘偽りが一切感じられない。

 「…わかった、いいよ。お前に俺の全部くれてやる」

 光は目を細めて答えると、類の顎を持ち上げた。

 「?」

 突然の事に類は身を引こうとする、しかし光はそれを許さない。

 「そん代わり、お前も俺を受け入れろ。今後今日みたいな拒絶は一切許さない。俺の言葉だけを信じ、俺と共に生きる覚悟を決めろ。俺の全てを知った後にやっぱりやめたは無しだ」


 類はその言葉に小さく頷く。


 「…お前、マジでわかってんの?」

 「はい、わかりました」

 「…」

 一言二言反論されるかと想定していた光は、そのあまりにも素直な態度に少し動揺の色を示す。

 「言っておくけど、俺は…」

 「何度も言わせないで下さい。わかったって言ってるんです」

 「…」

 類はピシャリと光の言葉を切り捨てると、光の瞳を真っ直ぐに見つめる。

 「…そうかよ」

 何故かその視線が酷く眩しく感じた光は、思わず類から身体を離した。

 「光さん?」

 「…んじゃ、まぁ明日から覚悟しといて」

 光はそう呟くと、表情を悟られないようにそっぽを向く。

 「んなことより、さっさと行くぞ」

 「…?」

 「授業参観だよ、忘れんな」

 光の言葉に類は本来の目的を思い出すと、慌てた様子で時計の針を確認する。

 「あ、後十分もありませんよ?!」

 「わぁってるよ、誰のせいで遅くなったと思ってんだ…」

 「じゃ、早く行きましょう!」

 類は光の腕を引っ張ると、ようやく二人は足早にその場を後にした。
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