性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第十一章【包まれる】
 無事、授業参観という任務を遂行し終えた類は車の背もたれに思い切り身体を預けた。

 「疲れすぎ…」

 光はハンドルをきりながら、隣でげっそりとした表情の類に声をかける。

 「だって、光さん今にも教師に喧嘩ふっかけそうな勢いなんですもん…」

 類は授業参観後の保護者面談での光を思い出しながら、横目に流れる外の景色を眺める。

 「仕方ないだろ。そもそも誠のイジメを放置してた教師側にも責任がある。あぁ言う時に詰めないでいつ詰めるんだよ…」

 まるでヤンキーの様な言い分に類は溜め息を吐く。

 「確かにそうですけど…、だからって先生を半泣きにさせる必要は無かったんじゃないですか?」

 類は涙ながらに謝罪を繰り返す教師の姿を思い出す。

 「いいんだよ。変にいい奴のフリしてみろ。また、なぁなぁにされて終わりだ。俺が来た意味がねぇ…」

 「それはそうですけど…」

 「お前はお人好しすぎんだよ。時には喧嘩して意見ぶつけ合わないと、いつか潰されんぞ」

 光はどこか、真剣な口調で類を諭す。

 「わかってますよ…、現に潰されかけてましたし?」

 「わかれば、宜しい」

 「…」

 不満げに外の景色を見つめる類に光は小さく溜め息を吐く。

 「なんか言いたげだな…」

 「まぁ…」

 「言ってみたら?」

 「言ったら怒るでしょ?」

 「それはお前次第」

 「…」

 「冗談。怒らないよ」

 「…じゃあ、言わせてもらいますけど、貴方みたいな人達が言いたいことを好き勝手に言えるのは」

 「言えるのは?」

 光はハンドルを切りながら話の続きを促す。

 「わ、私みたいなお人好しが居るからだって事忘れないで下さいね…」

 「…」

 「…ほら、怒ってる」

 「怒ってない」

 「でも、不機嫌そう…」

 「元々こう言う顔だ」

 「…」

 類は諦めた様子で、再び窓の外を流れる景色に集中する。先程から見慣れぬ看板や建物が通過して行くのはきっとこの道が社へと帰る近道だからに違いない。

 「俺さ、」

 「なんですか…」

 「お人好しの人って時々見てると悲しくなる」

 類はその言葉に、再び光の方へと視線を動かす。

 「良い人ってさ、いつも自分の身を削って損してる様に見える…」

 「光さん…?」

 「考えてみろよ。恋愛でもさ、いい奴って、いい奴で終わりじゃん。仕事だって、いい奴だけど仕事できなきゃクビになる訳だ。その上俺みたいな自分勝手な奴がよってたかってその親切を食い散らかす」

 「…それは」

 「そんでお前みたいに病んでしまう。搾取する側と搾取される側、得なのはどっちだろうな」

 光の言葉に類は押し黙る。

 「俺はさ、搾取される側の人間を腐るほど見て来た。その、ほとんどが俗に言ういい人だった。お前や社の奴も含め、いい奴なんだ。この世から弾かれる奴ってのは…」

 どこか苦しそうにそう話す光に類は戸惑う。

 確かに、いい人でいることはそう簡単な事ではない。時に裏切られるし、時に騙される。それでもいい人をやめられないのは自分が捕食者側に回れない事を知っている為かもしれない。

 「…確かに、そうかもしれません」

 「ほらな、だったらー」

 「でも、きっと、いい人がこの世からみんな消えてしまったら、世界は成り立たなくなると思います。いい人とそうでない人、両方居るからこの世は成り立ってるんです。そもそも役割が違うんですよ、生きる目的が違うんです」

 「へー、例えば?…」

 光は少し小馬鹿にした様子で尋ねる。

 「い、いい人はそうでない人に優しさや思いやりを教えてくれます。そうでない人はいい人に生きる強さと厳しさを…教えてくれます」
 
 類はそこまで言うと少し気恥ずかしくなったのか再び視線を窓の外へと戻す。

 「すみません、私の自己理論です…」

 「…なんで謝るの?」

 「いや、だって…」

 黙り込んでしまった類に光は苦笑する。

 「要するに、俺はお前に生きる強さとこの世の厳しさを教え、お前は俺に優しさと思いやりを教えてくれる訳だ」

 自分の伝えたかった事をわざわざ代弁する光に類は少し気恥ずかしくなる。

 「えっと、その…、それはー、」
 
 「悪くない」

 「…?」

 「俺もその考えを信じてみたくなった」

 意外にも肯定的な返答をした光に類は目を丸くする。

 「光さん…」

 「何?」

 「…変なものでも食べました?」

 「…」

 何故かこの会話を最後に、類は長時間に渡る沈黙のドライブを余儀なくされることになる。


 (光さんの怒りスイッチがわからない…)

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