性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 車を走らせること一時間、やけに時間がかかったなと思いながら光の「着いたよ」という言葉に類はホッと胸を撫で下ろす。

 「降りて」

 「あれ…」

 ドアノブに手をかけて扉を開こうとしたその時、ふと視線に入った見慣れぬ景色に顔を顰める。

 「んだよ…」

 いまいち理解の追いつかない類は何か物言いたげに光の事を見つめる。

 「えっと…、社は?」

 てっきり皆んなが待つお社に帰宅する気でいた類は見慣れぬ駐車場に少し不安気な表情を見せる。

 「…お前が俺のこともっと知りたいっつったんだろ」

 類はその言葉につい数時間前に光へと放った言葉を思い出す。

 「いいましたけど…、それと、これと、一体…」

 「だから、今日からお前はこっちに住め…」

 「こっち?」

 「一回来てんだろ…、俺の家」

 全くもって答えになっていない光の発言に類はごく自然に反論の言葉を失う。

 「な、なんでそうなるんですか…?!」

 「一緒に住んだ方がお互いのことよくわかるだろ?」

 「いや、だからって!わ、私嫁入り前の女ですよ?!」

 「じゃあ、一層の事嫁にくれば?」

 「い、いきませんよ!」

 「あら、残念」

 光はそういうと、キーを取って車を降りる。類も後を追う様に外へと出ると、光に言われるがままエントランスへと足を運ぶことになった。

 

 「お帰りなさいませ」



 エントランスにいたコンシェルジュの男が丁寧に頭を下げると、光はいつも通り郵便物がないかを尋ねる。

 「本日は一通だけ…」

 コンシェルジュはそう言って封筒を光へと差し出すと、ふと、戸惑った様子の類を見て優しくニッコリと微笑んだ。

 「以前こちらにいらしてた方ですね?」

 「え、あ、はい!こんにちは…」

 類は少し気恥ずかしそうに答えると、小さく会釈する。
 
 「ガールフレンド…、といったところでしょうか?」

 「い、いえ!そんな!」

 「…ガールフレンドじゃないよ」

 光が郵便物を確認しながら助け舟を出すと、コンシェルジュは少し残念そうに「左様でございますか…」と肩を落とした。

 「今日中にもう一通届くはずだから、届いたら部屋に内線かけてもらっていい?」

 「はい。かしこまりました」

 「あ、それと…」

 光はそこまで言うと、突然、類の肩を勢いよく抱き寄せる。


 「こいつ、ガールフレンドじゃなくて婚約者ね」



 光の発言に類は顔を真っ赤に染め上げる。

 「わ、私!」

 「じゃあ、引き続きよろしく」

 「かしこまりました」

 光は類の腕を引っ張ると、そそくさとエレベーターの中へと押し込んだ。

 扉が閉まると同時に、類は光の手を振り解く。

 「光さん!」

 「何?」

 「何?、じゃないです!わ、私婚約者になった覚えありません!」

 類は顔を真っ赤にして抗議する。

 「あれじゃあ、勘違いされちゃうじゃないですか!」

 「されねぇよ…。あそこにいるコンシェルジュは元々協会の人間で俺の協力者。婚約者っていうのは、ただの隠語」

 「…隠語?」

 光の発言に類は首を傾げる。

 「「俺の婚約者」ってのは、協会の中じゃ女の協力者のことを指す。いわゆる俺専属の囮ってこと」

 「俺専属の囮?囮に専属もクソもあるんですか?」

 「ある。特に怨霊を引き付けやすい体質の人間は協会じゃ憑かれ人って言われて重宝される。故に以前お前が侮辱した印をどうしても結ぶ必要があった…」

 「印って…」

 類はそういえばと、永らく忘れていた首筋の印に触れる。

 「そんなに、この印って意味あるんですか…?」

 「あるよ。なんなら結婚指輪と同等の価値がある」

 「け、結婚指輪?!」

 あまりにも衝撃的な発言に類は再び顔を真っ赤に染める。

 「そ。だから陰陽師界隈では婚約者。まぁ昔はそれがきっかけで本当に夫婦になる陰陽師や憑かれ人もいたくらいだから、隠語にしちゃ少し意味が強すぎるけどな…」

 光はそういうと、エレベーターのボタンを押す。

 「で、でも、以前会った堂上さんも、光さんのお爺さんも私のこと憑かれ人って普通に話してましたよ?」

 「ま、爺ちゃんはもう引退してるから多分口が滑ったんだろうけど、堂上の場合はワザとだろうな」

 「ワザと…?」

 「ああいう場所は結構、陰陽師が多いんだ。特にこれからランク上げようとしてる俺みたいな中堅層がよく闊歩してる。きっと堂上は、ここにいい憑かれ人がいるぞ。みんな逃すなよ、ってお前のことを意地でも協力者にするつもりだったんだ」

 「じゃあ、あの時光さんがこなかったら…」

 「堂上の仲間に囲まれて、いやいやそのバイトをやる事になってただろうな…」

 光がそこまで話すと、チンと音をたててエレベーターの扉が開く。

 「お陰でお前をラウンジまで連れてくのに神経削ったよ…」

 類はあの時の光を思い出す。あの場で堂上の名刺を燃やしたのは周囲にいた仲間への牽制だったのかもしれない。

 二人はエレベーターを降りると一番奥にある自宅前で立ち止まった。

 「お前が人にあてられて体調不良じゃなきゃ、術で一気にラウンジまで行きたかったんだけどね」

 「…もしかして、気遣ってくれてたんですか?」

 「ま、そう言う事にしといてやる」

 光は懐から鍵を取り出すと、自宅の扉を開ける。ガチャリという音と共に立派な扉が開かれると類に中へと入るように促す。

 「…また、来ちゃいましたね」

 もう二度とここへは来ることもないだろうと思っていた類は再び訪れた光の自宅に入ると、お邪魔しますといって靴を脱いだ。

 「ただいま、な。ここに住むんだからお邪魔してどうするよ」
 
 光はどこか機嫌良さそうに、鍵を指定の場所に置くと同じ様に靴を脱いだ。

 「えっと、光さん。その話なんですけど…」

 「おら、先風呂入ってこい。」

 「いや、話聞いてます?」

 類は戸惑いながら光の後に続いて部屋へと入室すると、ふと、足元にモフモフした感覚が訪れる。

 「だいふくちゃん?だっけ?」

 「ニャゴー」

 光の飼い猫である「しらたま」はまるで類の居住を歓迎するかの様にゴロゴロと喉を鳴らして類の足に擦り寄る。

 「こら、だいふく。お前また飯残してる」

 「ニャウ」

 光の言葉にまるで抗議する様にウニャウニャ鳴き始めた「だいふく」に類は思わず微笑む。

 「類」

 「な、なんですか…?」

 「風呂」

 「でも、着替えが…」

 突然連れて来られた為、泊まる道具なんて一つも持ち合わせていない。

 「着替えならある。あと必要なら化粧品とかも、だから入ってこい。後で洗面所に置いておくから」

 光はスーツのジャケットを脱ぐとそれを洋服掛けへとかけた。

 「…でも」

 「それとも、二人で入る?」

 光は意地悪そうに目を細めて尋ねる。

 「いや、それは…」

 「じゃあ早く入ってこい」

 「…わかりましたよ、入ればいいんでしよ、入れば」

 光の命令に類は渋々了承すると、荷物をその場へと置き仕方なく脱衣所へと姿を消した。
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