性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
風呂から上がった類は完璧なまでに揃えられた化粧品類や部屋着類に唖然としていた。
何故一般男性である光の部屋にこれほどまでに女性用の品物が置いてあるのか。
(これ、めっちゃ高い化粧品だし…、こっちはクリスマス限定コフレ…、それにこの部屋着、この前光さんに買ってもらったブランドものの服…)
前回来た時も、女性用特有の良い香りのするシャンプーに若干の違和感を感じていた類ではあるが、流石にここまで完璧なまでに女性用品が揃えられていると流石に奥さんの存在や娘の存在を疑ってしまう。
(後で聞いてみよう…)
類は手早く部屋着に袖を通すと、簡単に顔を保湿してからリビングで待つであろう光の元へと向かった。
「あの…、上がりました…」
しかし、リビングには誰もいない。
(あれ?いない…)
類は部屋の中をぐるりと見渡すが、光は愚か先程までソファに座って毛繕いをしていた「だいふく」の姿も見あたらない。
「光さん…?」
少し不安になって光の名を呼ぶが、返事はない。
(上の階かな…?)
メゾネットタイプの室内は中央に螺旋状に続く階段が設置されている。もしかしたら、そちらの方にいるのかもしれない。
類は少し考えると、仕方なくソファに腰を下ろした。2階へ探しに行くのは流石に気が引けてしまう。
光を待つこと5分、ようやく階段から誰か降りてくる足音が聞こえた。
「あ、なんだ。上がってたんなら教えてよ」
光は寝巻きの黒いスウェット姿で現れると、類の隣に腰を下ろした。
「呼びましたよ…、でも勝手に上の階にいくのは悪いかなと思ったんです」
類は少し困った表情でそう訴えると、光は可笑しそうに笑った。
「悪いも何も、これからニ階がお前の部屋になるから、少し掃除してたんだ」
「私の部屋…?」
「そう。これから二階がお前の部屋。小さなキッチンもあるから便利だよ?ただ風呂場はこの階にしか無いんだけどね」
光はそう言うと、膝に乗ってきた「だいふく」の顎を撫でてやる。
「そ、そのことなんですけど…」
「何?」
「わ、私本当にここに住むんですか?」
類はその事について、物言いたげに光の目を見つめる。
「そうだけど…、嫌?」
「べ、別に嫌って訳じゃ…」
「じゃあ、いいじゃん」
「…でも、やっぱりおかしいですよ。私達付き合ってる訳でもないのに」
いくら、光専属の囮だとしても何の取り決めも無しに一緒に生活を共にするのは何となく宗教染みている。
「…」
「わ、私やっぱり社に帰ります。離れて生活してたってお互いの事は分かり合えますし、それに光さんだって、その、私がいる事で女性を呼んだり出来なくなるのは不本意でしょ?」
類は出来るだけ、ここに住むことで浮上するデメリットを伝えてみる。
しかし、
「不本意じゃねぇし、ここにお前意外の女を呼んだりしねぇよ…」
「え、でも…」
すると、光は類の腕を強引に引っ張って自身の膝の上へと跨らせる。先程まで顎を撫でられていた「だいふく」は不服そうに地面へと飛び降りると再び不服そうに「ニャゴー」と鳴いた。
「ひ、光さん?!」
「意外と、軽いな…」
「いや、えっと、その…」
密接した体制に、類は顔を真っ赤に染め上げる。
「…驚いた?」
「は、はい…」
「でも一番驚いてるのは俺かな」
「はい…?」
いまいち的を得ない発言に類は困った様に小首を傾げると、光はどこか意を決したように口を開いた。
「今までここに住まわせた女はお前を含めて五人、一人目はお洒落が大好きな派手な女。二人目は猫好きの大人しい女、三人目は料理好きで世話焼きの女。四人目はアクティブで旅行好きな女…」
「光さん?」
「みんな、俺がここで一緒に住もうと言ったら、何の疑いも無しにここに転がり込んだ。笑えるよな、普通ならあんたみたいな反応するのが当たり前な筈なのに…」
どこか、自重気味に語る光に類は戸惑う。
「俺のことを好きだって言うんだ…。心から愛してる。一緒に居たいって。俺のことを何も知らないくせに皆んな口を揃えてそう言うんだ」
「…」
「おかしいだろ?、この俺をだよ?、馬鹿みてぇだなって思った…、どうせ利用されて終わるのに、どうせ最後は皆んな死ぬのに…」
光は少し苦しそうな表情で、類の首筋につけた印をゆっくりとなぞる。
「だから、望むものは全てやった。服も、猫も、化粧品も、食器も、車も。全部買い与えた。女が望むものは全てだ。体も愛情も全部やった…」
「望むもの、全て…?」
「そう。文字通り全て。でも、結局皆んな消えた。消えたら全てクーリングオフだ。服も、猫も、化粧品も、食器も、車も、費やした愛情と時間以外は全部俺のところに帰ってきた…」
「……」
類はこの時、土御門光という男の冷たく渇いた心を理解できたような気がした。
「…どうして、消えたんですか?」
類は恐る恐る尋ねてみる。
「んなの聞かなくてもわかんだろ?、喰われたんだよ、文字通り怨霊に」
「喰われたって…、まさか、皆んなー、」
「さっき言ったよな。ここに住まわせた女はお前で五人って…、俺と契約した婚約者の数だよ。お前が五人目ってこと」
類はその言葉に背筋を凍らす。
何となしに受けてしまった囮という仕事。しかし、その仕事は想像以上に危険で殺伐とした物であることを身をもって理解する。
「お前だっていつそうなるかわからない…、それは明日かもしれないし、明後日かもしれない。お前の言い分はごもっともだが、今更一からお前と関係を深める暇は無い。俺の目的は親父と協会を潰す事。それ以外の事は正直どうでもいい…。お前が俺の彼女でも嫁でも他人でも、ここに女を呼ぶかどうかなんてことも、そんな事はどうでもいいんだ。俺はただお前が全てを知りたいと言ったから、ここに連れてきた。ここにいれば嫌でも俺の全てがわかる」
光は真剣な表情でそう言うと、類の身体を抱きしめる。
「ッ?!?」
「俺さ、言ったよな。俺の言う事には全てイエスで答えろって…、忘れちゃった?」
「ッ?!」
光は小さな声でそう吐き捨てると突然、類の服に手を差し込んだ。
驚いた類は光から逃れようとするが、当然力で叶う筈もなく容易に侵入を許してしまう。
「前から思ってたんだけど、お前って俺に興味ないの?」
「ッ…!」
「こんなに興味持たれない女は初めてだ…」
「……!」
光の素手が類の背中をなぞる。途中、下着のホックに指をかけたかと思うと、なんの躊躇もなくそれを解く。
「俺なんかより、社で皆んなといた方が良かったか…?」
「…ッ…ひ、かるッ…さ、ん…」
「そんなに、俺といるのは嫌…?」
「……ッ!」
光の掌が焦らす様に、類の胸下を這い回る。
「俺の全て知りたいんなら、余計なこと一々考えんなよ」
「…ひ、…か…ッ」
「わかった?」
「ッわか、ったから…」
「【返事は、はい】」
「んッ、はい…」
返答を聞いた光は満足そうに微笑むと、ようやく類の服から掌を引き抜く。
「わかればいいよ」
「…」
完全に腰が抜けてしまった類は顔を真っ赤にしたまま、光の胸元に顔を沈める。
「ハハ、顔真っ赤。んなに良かったかよ?」
「…ち、違っ!」
別に隠すつもりも無いが、全く男性経験が無いことを知られてしまった事に類は何故か気恥ずかしくなる。
「へぇ、初めてだ」
「な、何がですか?」
光の言葉に類はようやく顔を上げると、再びその鋭い瞳と視線が合う。
「そうやって、本気で恥ずかしがる子」
「…?」
「今までそれなりに女の子とこう言う事してきたけど、本気で恥ずかしがる子はお前が初めて」
「皆さん、恥ずかしがらないのですか…?」
「恥ずかしがるフリをするんだよ」
「フリ?何でわざわざそんな事を…」
恥ずかしくないのなら堂々としていればいいのに。
「そうやって男の気を引こうとするんだ。私はそう言う事した事ないです。純真無垢ですってね」
光はそう言うと、類の髪を耳へとかけてやる。
「そ、そんなの私だってそうかもしれませんよ?」
類は少し悔しくなって、反論する。
「へぇ?じゃあ今から確かめてみる?」
「いや、それは!」
「恥ずかしいフリしてるだけなら余裕だよな?」
「…ッ」
思い切り顔を真っ赤にしてあたふたとする類の姿に、光の中の嗜虐性がくすぐられる。
「その…、それは…えっと」
「何?声が小さくて聞こえねぇんだけど?」
意地悪く揶揄ってやると、類はいよいよ瞳を潤ませる。
「だ、だって!その、まだキスもしてないのに…」
恥ずかしそうに、ゴニョゴニョと語尾を濁す類の姿に光の中で何かがプツリと切れる。
「…光さん?」
「キスしたら…、いいの?」
「…え?」
すると、何を思ったのか光は類の顎を持ち上げる。その突然の行動に類は、いよいよどうしていいのかわからなくなる。
今にも顔から蒸気が出そうな眼前の女に、光は困った様に眉根を下げる。
「まさか…、キスもした事ない?」
「…あるわけないじゃないですか」
「…」
潤んだ瞳でそう訴えかける類に、光は一瞬の戸惑いを見せる。ここまで初《うぶ》な女を見るのは学生の時以来である。
光は暫く何かと戦う様に思考を巡らせると、一つ溜め息をついて類の額へとキスを落とした。
「光さん…?」
「さっきは無闇に身体触ってごめん。もうしないから…」
そう言いながら類の背中をさすってやる。
「さて、飯でも食おう。何食べたい?」
「…オムライスが食べたいです」
類はようやく、身体全体の緊張を解きほぐすと気恥ずかしさを隠す様に光の胸元に頭を沈める。
「ハイ、ハイ。じゃあ今から作るからお前はここでテレビでも見てゆっくりしてなよ」
光はそう言うと、類の頭を優しく撫でてやる。
「お風呂…、いいんですか?」
「後で入るよ」
「でも、私だけ入っちゃって…」
類は少し申し訳なさそうに呟く。
「いいんだよ。外でちゃんと仕事をした分、ここでは俺に甘やかされときなよ」
光はそう言うと、ようやく類の身体を解放した。
何故一般男性である光の部屋にこれほどまでに女性用の品物が置いてあるのか。
(これ、めっちゃ高い化粧品だし…、こっちはクリスマス限定コフレ…、それにこの部屋着、この前光さんに買ってもらったブランドものの服…)
前回来た時も、女性用特有の良い香りのするシャンプーに若干の違和感を感じていた類ではあるが、流石にここまで完璧なまでに女性用品が揃えられていると流石に奥さんの存在や娘の存在を疑ってしまう。
(後で聞いてみよう…)
類は手早く部屋着に袖を通すと、簡単に顔を保湿してからリビングで待つであろう光の元へと向かった。
「あの…、上がりました…」
しかし、リビングには誰もいない。
(あれ?いない…)
類は部屋の中をぐるりと見渡すが、光は愚か先程までソファに座って毛繕いをしていた「だいふく」の姿も見あたらない。
「光さん…?」
少し不安になって光の名を呼ぶが、返事はない。
(上の階かな…?)
メゾネットタイプの室内は中央に螺旋状に続く階段が設置されている。もしかしたら、そちらの方にいるのかもしれない。
類は少し考えると、仕方なくソファに腰を下ろした。2階へ探しに行くのは流石に気が引けてしまう。
光を待つこと5分、ようやく階段から誰か降りてくる足音が聞こえた。
「あ、なんだ。上がってたんなら教えてよ」
光は寝巻きの黒いスウェット姿で現れると、類の隣に腰を下ろした。
「呼びましたよ…、でも勝手に上の階にいくのは悪いかなと思ったんです」
類は少し困った表情でそう訴えると、光は可笑しそうに笑った。
「悪いも何も、これからニ階がお前の部屋になるから、少し掃除してたんだ」
「私の部屋…?」
「そう。これから二階がお前の部屋。小さなキッチンもあるから便利だよ?ただ風呂場はこの階にしか無いんだけどね」
光はそう言うと、膝に乗ってきた「だいふく」の顎を撫でてやる。
「そ、そのことなんですけど…」
「何?」
「わ、私本当にここに住むんですか?」
類はその事について、物言いたげに光の目を見つめる。
「そうだけど…、嫌?」
「べ、別に嫌って訳じゃ…」
「じゃあ、いいじゃん」
「…でも、やっぱりおかしいですよ。私達付き合ってる訳でもないのに」
いくら、光専属の囮だとしても何の取り決めも無しに一緒に生活を共にするのは何となく宗教染みている。
「…」
「わ、私やっぱり社に帰ります。離れて生活してたってお互いの事は分かり合えますし、それに光さんだって、その、私がいる事で女性を呼んだり出来なくなるのは不本意でしょ?」
類は出来るだけ、ここに住むことで浮上するデメリットを伝えてみる。
しかし、
「不本意じゃねぇし、ここにお前意外の女を呼んだりしねぇよ…」
「え、でも…」
すると、光は類の腕を強引に引っ張って自身の膝の上へと跨らせる。先程まで顎を撫でられていた「だいふく」は不服そうに地面へと飛び降りると再び不服そうに「ニャゴー」と鳴いた。
「ひ、光さん?!」
「意外と、軽いな…」
「いや、えっと、その…」
密接した体制に、類は顔を真っ赤に染め上げる。
「…驚いた?」
「は、はい…」
「でも一番驚いてるのは俺かな」
「はい…?」
いまいち的を得ない発言に類は困った様に小首を傾げると、光はどこか意を決したように口を開いた。
「今までここに住まわせた女はお前を含めて五人、一人目はお洒落が大好きな派手な女。二人目は猫好きの大人しい女、三人目は料理好きで世話焼きの女。四人目はアクティブで旅行好きな女…」
「光さん?」
「みんな、俺がここで一緒に住もうと言ったら、何の疑いも無しにここに転がり込んだ。笑えるよな、普通ならあんたみたいな反応するのが当たり前な筈なのに…」
どこか、自重気味に語る光に類は戸惑う。
「俺のことを好きだって言うんだ…。心から愛してる。一緒に居たいって。俺のことを何も知らないくせに皆んな口を揃えてそう言うんだ」
「…」
「おかしいだろ?、この俺をだよ?、馬鹿みてぇだなって思った…、どうせ利用されて終わるのに、どうせ最後は皆んな死ぬのに…」
光は少し苦しそうな表情で、類の首筋につけた印をゆっくりとなぞる。
「だから、望むものは全てやった。服も、猫も、化粧品も、食器も、車も。全部買い与えた。女が望むものは全てだ。体も愛情も全部やった…」
「望むもの、全て…?」
「そう。文字通り全て。でも、結局皆んな消えた。消えたら全てクーリングオフだ。服も、猫も、化粧品も、食器も、車も、費やした愛情と時間以外は全部俺のところに帰ってきた…」
「……」
類はこの時、土御門光という男の冷たく渇いた心を理解できたような気がした。
「…どうして、消えたんですか?」
類は恐る恐る尋ねてみる。
「んなの聞かなくてもわかんだろ?、喰われたんだよ、文字通り怨霊に」
「喰われたって…、まさか、皆んなー、」
「さっき言ったよな。ここに住まわせた女はお前で五人って…、俺と契約した婚約者の数だよ。お前が五人目ってこと」
類はその言葉に背筋を凍らす。
何となしに受けてしまった囮という仕事。しかし、その仕事は想像以上に危険で殺伐とした物であることを身をもって理解する。
「お前だっていつそうなるかわからない…、それは明日かもしれないし、明後日かもしれない。お前の言い分はごもっともだが、今更一からお前と関係を深める暇は無い。俺の目的は親父と協会を潰す事。それ以外の事は正直どうでもいい…。お前が俺の彼女でも嫁でも他人でも、ここに女を呼ぶかどうかなんてことも、そんな事はどうでもいいんだ。俺はただお前が全てを知りたいと言ったから、ここに連れてきた。ここにいれば嫌でも俺の全てがわかる」
光は真剣な表情でそう言うと、類の身体を抱きしめる。
「ッ?!?」
「俺さ、言ったよな。俺の言う事には全てイエスで答えろって…、忘れちゃった?」
「ッ?!」
光は小さな声でそう吐き捨てると突然、類の服に手を差し込んだ。
驚いた類は光から逃れようとするが、当然力で叶う筈もなく容易に侵入を許してしまう。
「前から思ってたんだけど、お前って俺に興味ないの?」
「ッ…!」
「こんなに興味持たれない女は初めてだ…」
「……!」
光の素手が類の背中をなぞる。途中、下着のホックに指をかけたかと思うと、なんの躊躇もなくそれを解く。
「俺なんかより、社で皆んなといた方が良かったか…?」
「…ッ…ひ、かるッ…さ、ん…」
「そんなに、俺といるのは嫌…?」
「……ッ!」
光の掌が焦らす様に、類の胸下を這い回る。
「俺の全て知りたいんなら、余計なこと一々考えんなよ」
「…ひ、…か…ッ」
「わかった?」
「ッわか、ったから…」
「【返事は、はい】」
「んッ、はい…」
返答を聞いた光は満足そうに微笑むと、ようやく類の服から掌を引き抜く。
「わかればいいよ」
「…」
完全に腰が抜けてしまった類は顔を真っ赤にしたまま、光の胸元に顔を沈める。
「ハハ、顔真っ赤。んなに良かったかよ?」
「…ち、違っ!」
別に隠すつもりも無いが、全く男性経験が無いことを知られてしまった事に類は何故か気恥ずかしくなる。
「へぇ、初めてだ」
「な、何がですか?」
光の言葉に類はようやく顔を上げると、再びその鋭い瞳と視線が合う。
「そうやって、本気で恥ずかしがる子」
「…?」
「今までそれなりに女の子とこう言う事してきたけど、本気で恥ずかしがる子はお前が初めて」
「皆さん、恥ずかしがらないのですか…?」
「恥ずかしがるフリをするんだよ」
「フリ?何でわざわざそんな事を…」
恥ずかしくないのなら堂々としていればいいのに。
「そうやって男の気を引こうとするんだ。私はそう言う事した事ないです。純真無垢ですってね」
光はそう言うと、類の髪を耳へとかけてやる。
「そ、そんなの私だってそうかもしれませんよ?」
類は少し悔しくなって、反論する。
「へぇ?じゃあ今から確かめてみる?」
「いや、それは!」
「恥ずかしいフリしてるだけなら余裕だよな?」
「…ッ」
思い切り顔を真っ赤にしてあたふたとする類の姿に、光の中の嗜虐性がくすぐられる。
「その…、それは…えっと」
「何?声が小さくて聞こえねぇんだけど?」
意地悪く揶揄ってやると、類はいよいよ瞳を潤ませる。
「だ、だって!その、まだキスもしてないのに…」
恥ずかしそうに、ゴニョゴニョと語尾を濁す類の姿に光の中で何かがプツリと切れる。
「…光さん?」
「キスしたら…、いいの?」
「…え?」
すると、何を思ったのか光は類の顎を持ち上げる。その突然の行動に類は、いよいよどうしていいのかわからなくなる。
今にも顔から蒸気が出そうな眼前の女に、光は困った様に眉根を下げる。
「まさか…、キスもした事ない?」
「…あるわけないじゃないですか」
「…」
潤んだ瞳でそう訴えかける類に、光は一瞬の戸惑いを見せる。ここまで初《うぶ》な女を見るのは学生の時以来である。
光は暫く何かと戦う様に思考を巡らせると、一つ溜め息をついて類の額へとキスを落とした。
「光さん…?」
「さっきは無闇に身体触ってごめん。もうしないから…」
そう言いながら類の背中をさすってやる。
「さて、飯でも食おう。何食べたい?」
「…オムライスが食べたいです」
類はようやく、身体全体の緊張を解きほぐすと気恥ずかしさを隠す様に光の胸元に頭を沈める。
「ハイ、ハイ。じゃあ今から作るからお前はここでテレビでも見てゆっくりしてなよ」
光はそう言うと、類の頭を優しく撫でてやる。
「お風呂…、いいんですか?」
「後で入るよ」
「でも、私だけ入っちゃって…」
類は少し申し訳なさそうに呟く。
「いいんだよ。外でちゃんと仕事をした分、ここでは俺に甘やかされときなよ」
光はそう言うと、ようやく類の身体を解放した。