性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。

 「はい、どうぞ」

 「凄い…」

 どこかの高級ホテルで提供されていそうな綺麗な形のオムライスに類は思わず唾を飲み込んだ。
 
 「こ、これ光さんが作ったんですよね?」

 そのあまりにも完成されたオムライスに類は少し興奮気味に尋ねる。

 「そうだけど?」

 オムライスの他にも黄金に輝く野菜スープと、小洒落たサラダの付け合わせに類は感動する。

 「光さん、料理人かなんかですか?、凄すぎます…」

 類の言葉に光は苦笑する。

 「お前だって、練習すればすぐ出来るよ」

 「練習…したんですか?」

 まるで、元々出来た訳ではないような話し方に類は純粋に興味を示す。

 「もちろん、俺はつい最近まで外食派。こうやって料理出来るようになったのは三番目の女が色々教えてくれたからかな…」

 「三番目の女性…」

 類はそういえばと、先程話してくれた女性達の事について思い出す。

 「確か、お料理が上手な家庭的な方でしたよね?」

 きっと素敵な女性だったに違いないー。

 「まぁね、俺の食事にやたら口出してくるし、洗濯物は出さねぇとキレるし、一々口うるさい奴だったな…」

 言葉尻だけ聞くと愚痴っぽく聞こえてしまうが、光の声色はどこかそれを懐かしむような、悔やむような、そんな色が見え隠れしていた。

 「ちなみに、これも怒られた…」

 光はそう言うと、自身の耳に開けられた複数のピアスを指差す。

 「もしかして、それも他の女性に?」

 「まぁね。最初の一つは一番目の女に開けてってせがまれた」

 「どうしてですか?」

 「知るかよ、ただ何でもお揃いにしたがる奴だったな。ピアスもアクセも携帯の色も…、流石に服をペアルックしようって言われた時はキレたけどね」

 「光さんが、ペアルック…」

 なんだか想像できない光景に、類は口元を抑える。

 「だから、してねぇよ…、何変な事想像してんだ」

 「す、すみません…。でも一つ目はって事はそれ以降は全部自分の意思で開けたんですか?」

 再び話を元に戻すと、光は「まぁね…」とだけ答えた。

 「残りのピアスは俺の戒め」

 「戒め…ですか」

 「お前が死んだら、また増えるよ…」

 「…」

 「ごめん、今の冗談」

 要するに死んだ女達への罪の意識から、と言う事らしい。

 「んなことより、さっさと食えよ。お前の為に作ったのに冷めたら美味しくなくなんだろ」

 「あぁ、はい!いただきます」

 なんだか微妙な空気になってしまった事を反省しながら、類は進められるがままにオムライスを口にする。

 「お、おいしい!」

 恐らく今まだ食べた中で、一番のそれに類は素直に反応する。

 「やっぱり凄いです!もしかして鴉天狗で出してるシフォンケーキも光さんが…?」

 ここまで美味しい料理を作れるのなら、当然菓子類も美味しいものを作れるに違いない。

 「いや?あれは礼二が作ってる」

 「え、礼二さんが?」

 意外な人物の名に類は思わず食事の手を止める。

 「あいつ、あぁ見えて手先器用なんだ」

 「そうなんですか…、なんか意外でした」

 どこか、粗暴で菓子作りとは縁遠い様に見えていたが人は見かけに依らないらしい。

 「だから、よく学生時代は女の子の髪結ってやったりしてたな。あいつもお人好しだから」

 光はどこか、懐かしそうに高校時代の礼二を思い出す。

 「確かに、礼二さんって優しくていい人ですよね。兄貴肌というか、なんというか一緒にいて安心するというか…」

 社で生活していた時の礼二はとても親切で丁寧だった。
 
 「お陰で、いつも女にいい様に利用されて捨てられるんだけどな…」

 「そ、そうなんですか…?」

 「見る目がねぇんだよ、女の方が」

 光の言葉に類は以前、礼二が恋愛について毒付いていた事を思い出す。

 (確か、皆んな光さん目当てで…)

 「お陰で付き纏ってくる女が地雷ばっかで大変そうだったな、まぁ中には普通な子もいたけど、何故かことある事に礼二や俺を呼び出してきて、いい迷惑だった」

 「そうなんですか…」

 内心、それはもしかしたら光さんのせいかもしれませんよ?と思いながらも類はそれ以上の事は言わなかった。

 「で、でもなんか意外ですね。礼二さんと光さんが仲良しだなんて」

 すると、光は何故か突然咳き込んだ。

 「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ…、別に仲良しでも何でもねぇよ。ただ付き合いが長いってだけ」

 「でも、その割には礼二さんを雇ってあげたり、そういう女の子の付き合いにも顔出してあげてたんですよね?それって仲良くないとできない事だと思いますよ?」

 きっと、光のことだ。嫌々言いながらも困っている友人を放っておけなかったのだろう。

 「別にどう思おうと勝手だけど、あいつからしてみたら俺は目の上のたんこぶ。この世で一番消えて欲しい存在だと思うよ…」

 「どうしてですか?」

 「俺がいる事であいつはいつも利用される。俺がいなきゃ今頃普通の人生を歩めただろうに…、今思えば俺がいなきゃ家を破門になる事も無かったんだ」

 「破門…されたんですか?」

 「あいつん家は結構有名な陰陽師の家系でな。親は協会でも上のランクにいる。それなのにあいつは陰陽師の才能はゼロ。当然試験にも落ちて、あんな感じにグレた」

 「そうだったんですか…」

 「それだけならまだ良くある話。酷いのはこっからで、一族の人間は陰陽師の才能がない礼二を寄ってたかって虐め始めた。何故お前みたいなのがウチに居る。何故、土御門家のご子息とこんなにも違うんだってね…」

 類はその言葉にやっと、礼二が社に居る理由を理解した。

 「お陰で、小さい頃から俺と比べられて育ったアイツは何度も親と問題を起こして破門に、それを見兼ねた爺ちゃんが仕方なく礼二を社に呼んだんだ」

 「え、あのお爺さんが…?」

 意外な人物の名に、類は驚く。

 「そ。爺ちゃんは昔から俺らみたいなのを放っておけない優しい人なんだ。陰陽師にしちゃ珍しい」

 「珍しいんですか…?」

 「昔の時代はどうか知らないけど、現代の陰陽師ってのは優しい人よりも人として少しズレてる奴の方が向いてるんだ。優しい人はすぐ引き込まれちゃってミイラ取りがミイラって事に成りかねないからね」

 「なるほど…、じゃあ礼二さんは落ちて良かったんですね、試験」

 「そうだな」

 光はそういうと、再びオムライスを頬張り始める。

 「そう言えば、光さんはいつ陰陽師になったんですか?」

 「俺?、俺は爺ちゃんに引き取られてすぐだから…、小学五年生頃だったかな?」

 類はその発言に、口に含んだ水を吐き出しそうになる。

 「そ、そんな小さい頃に?!」

 「そんな事いったら、うちの親父は小学校入学と共に試験に通ったけど?」

 やはり、安倍晴明の血を引く家系だからだろうか。

 「にしても、早すぎません?皆さんそんな早くに陰陽師になるんですか?」

 「まぁ、陰陽師になれたからってすぐに仕事任される訳じゃないし、大体才能ある奴らは小学生の頃に協会に入ってきて、そこから何年間かベテランと組んで訓練する。そんで、昇格試験に合格して初めて一番下のランクに登録される」
 
 「意外と、しっかりとした組織なんですね」

 どことなく、胡散臭さを感じていた類は少々驚きの表情を見せる。
 
 「まぁ、一応警察から協力要請がかかるくらいはしっかりしてるかな…」

 「え、警察から来るんですか?」

 「まぁね、目に見えないモノの対処は基本俺らがやることになってる。これがまた面倒でな…、何から何までこっちに仕事振ってくるんだ」

 「どおりで、いつも忙しそうな訳ですね?」

 よくよく考えてみれば、鴉天狗から来る依頼と正式に警察から来る依頼と考えてみればその他にも光の仕事は想像以上に多い様である。

 「そうなんだよ、お陰で深夜に女のフォロー入れなきゃなんねぇし、お前みたいなの拾っちまうし、もう一層のこと俺の世話を誰かにして欲しいくらい忙しい」

 珍しく光の本音が垣間見えた類は、そういえばと今まで気になっていた事を尋ねてみる。

 「そのことなんですけど…光さんって先程仰っていた女性の他にあと何人くらいの方とその…」

 別に関係を持っていることが気になるわけではないが、何となく口を開いてからどこまで聞いていいものかと躊躇する。

 「そうさな、フォローしてる女って意味なら50くらいはいるかな…」

 「ご、ごじゅうも!?」

 想像以上の人数に類はスプーンを落としそうになる。

 「その中でも特に連絡を取ってるのは30くらい。そんでその中から順に病んでやる奴のフォローに行ってる」

 「そ、それだと、一ヶ月に一人という計算になりますが…」

 「だから、一日二人とか三人とか掛け持ちしてる。お陰で俺は寝る暇も遊ぶ暇もなし」
 
 「その方達って、まだ憑き物が落ちていないんですか?」

 「落ちてるやつも入れば、また憑かれてる奴も入ればって感じだな」

 光は小さく溜め息を吐いて答える。

 「また憑かれるって、一回払ったらもう終わりじゃ無いんですか…?」

 「終わる奴もいるよ?、でも大抵の場合何度も憑かれる。そもそも怨霊に憑かれる奴ってのは繊細な奴が多いんだ。だからそういう奴はフォローが必要不可欠。内側が変わらない限り結局何度も同じ思考や考えを繰り返すからね。お陰でこんな時代まで食いっぱぐれずに続いてる」
 
 どこまでも終わりの見えない仕事に、類は目眩を覚える。

 「そ、それって怨霊がこの世から消えて無くなる事は…」

 「ないよ」

 光の容赦ない一言に類は改めて囮の仕事を受け持ってしまった事を後悔する。

 「それじゃあ私、この仕事…永久に辞められないじゃないってことですか…?」

 類は不安気な表情で光に尋ねる。

 「…まぁ、それは俺の気分次第」

 「気分次第って…」

 「お前が囮として役に立た無くなったら契約は終了。それには当然、病気や怪我も含まれる。後あるとすれば、お前が外で男を作って妊娠した場合。これも囮として仕事が出来なくなるから契約終了」

 光はそこまで話すと、コップの表面についた水滴を拭う。

 「まぁ、基本的には無いと思っていいよ。お前には一生ここで俺の仕事を手伝って貰うって決めたから。その代わり、欲しいものは全部やる。飯も食わせてやるし、お前が望めば行きたい場所にも連れてってやる」

 指先で水滴を弄びながら、光は怪しく微笑む。

 「だから、間違っても他で男なんか作ってくるなよ?」

 まるで、その言葉は呪いの様に類の鼓膜を震わした。
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