性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 心地よい。

 その感覚は昔、母に抱かれた時と似ている。

 類はその暖かな感触に頭を擦り寄せる。

 人に抱きしめられて眠るのは一体、何年振りだろうか。

 「お母さん…」

 類はまるで、母猫に擦り寄る子猫の様ように何度も、何度も頭を擦り寄せる。

 しかし、暖かくも筋肉質な感触にふと違和感を覚える。

 母の身体はこんな硬くはない。
 
 「ん?」

 徐々に意識が覚醒していく中、類は誰かに抱きしめられている事を悟ると、慌てて脳みそをフル回転させる。

 (あれ、なんで、私…、えっと、確か授業参観から帰ってきて、光さんの家でご飯食べて、それから…)

 それからは興味のない恋愛ドラマを見て寝落ちしたはずだ。

 それなのに何故、自分は男の胸に抱かれて眠っているのだろうか。

 類は恐る恐る頭を上げて、その人物を確認する。当然、そこには光が静かな寝息をたてて眠っている。

 (なんで…?)

 類は光の寝顔を見つめながら、じっと考えを巡らす。恐らく寝落ちしてしまった自分を運んでくれたのだろうが、それが何故この様なことになっているのかは全くの不明である。

 (まさか、私何かした…?)

 類は顔を青ざめながら最悪の事態を想像する。しかし、それならばわざわざ添い寝をする必要はないはずだ。

 (いや、でも、新手の嫌がらせってことも…)

 悶々と思考を巡らしながら、類は再度光の寝顔をじっくりと見つめる。

 綺麗に通った鼻筋。

 程よく釣り上がった目尻と長いまつ毛。

 そして、薄く形の整った唇。
 
 口を開かなければ、彼はきっとこの持ち前の魅力でもっと多くの女性を虜に出来ただろう。

 「綺麗な人…」

 「それって俺の事?」

 「…?!」

 突然開かれた瞳に類は思わず口元を抑える。

 「ねぇ、何で黙るの?」

 「いや、その…」

 まさか、起きていたとは微塵も思わなかった類は何と弁解すべきか頭を悩ます。

 「ねぇ、教えてよ」

 すると、何を思ったのか光は類の身体を組みしだき、その上に遠慮なく覆い被さった。

 「ひ、光さん?!」

 「何?」

 光は少し眠そうな表情で類の事を見つめる。

 「い、いや、そ、その!」

 「怒んねぇから教えろよ…」

 「それは、その…」

 「ずっと俺の顔見て何考えてたの?」

 「…」

 「俺に言えないような事?」

 光は類の事を怖がらせない様に、出来るだけ優しく尋ねる。

 「言えない様な事では…」

 「じゃあ教えてよ」

 「…」

 光さんの顔が綺麗だなと思ってました。なんて口が裂けても言える訳がない。

 「えーっと、何でここで寝てるのかなって…」

 一先ず、嘘では無い疑問をぶつけてみる。

 「何でって、お前が寝落ちしてたから」

 「いや、でも私の部屋って上なんですよね…?」

 「上まで運べってか?」

 「いえ、その、どうして、二人で寝てるのかなー?って…」

 光の不機嫌そうな言葉に、類は慌てて次の質問を投げかける。

 「んなもん、俺の寝室だからに決まってんだろ」

 「あはは…、そうですよね…」

 類はわかりやすく苦笑いを浮かべると、どこか諦めた様に顔を背けた。

 「ねぇ、本当は何考えてたの?」

 「…」

 「言わねぇんなら、脱がすぞ」

 すると、光は遠慮なしに類の洋服に手を差し込む。

 「ちょ!ちょっと!」

 「ほら、早くしないと」

 「わわ、わかりました!いいますから!」

 類は慌てて光の手を制すると、諦めた様に口を開いた。

 「その…、綺麗だなと思って…」

 「綺麗?何が?」

 出来ればその一言で察してほしかった類は困った様に頬を染める。

 「…だから、その」

 「その?」

 「光さんの…」

 「俺の?」

 「お顔が、綺麗だな…と」

 「…」

 消え入りそうな声で、そう告げると、何故か光は黙り込む。

 「光さん?」

 「…」

 「あの…」

 「…」

 「…」

 また地雷を踏んでしまったのではないかと類は心配になる。

 「わ、悪気は無かったんです!ただ起きたら光さんの顔が目に入って、その…」

 「…俺に見惚れてたってこと?」

 「え?いや!そういうことでは…」

 何故かその言葉に余計恥ずかしくなった類は再び光から顔を逸らす。

 「ねぇ、何で顔逸らすの?」

 「だって…」

 「今なら見放題だけど?」

 「…」

 類はチラリと光の方を確認する。そこには想像通り意地悪そうな顔をした光が、どこか嬉しそうに待ち構えている。

 「ほら、いくらでも見ろよ」

 「いや、結構です…」

 「なんで?」

 「も、もう充分みたので…」

 「へぇ…。そんなに良かったか?俺の面《ツラ》は?」

 完全に遊ばれている。

 「も、もういいじゃないですか!、どいてくださいよ」
 
 類は力の限り光を退かそうとするが、当然のごとくびくともしない。

 「何、今更恥ずかしがってんの」

 「恥ずかしいですよ…!」

 光はどこかおかしそうに笑うと、むくれる類の顎を掴んで額へとキスを落とした。

 「お前も、充分綺麗だよ」

 「な?!」

 「あ、赤くなった」

 他所から見れば完全にバカップルそのものである。

 「お、お願いですから…、あまり揶揄わないでください」

 このままでは心臓が持たないと感じた類は瞳を潤ませながら、光にお願いをする。

 「ごめん…、そんな嫌だった?」

 すると、意外にも光は素直に謝罪した。

 「…嫌というか、そういう嘘は嬉しく無いです」

 「…」

 類の言葉に、光は面白そうに口角を上げる。

 「へぇ、そう。案外喜んでると思ったんだけどな…」

 「…それは生理的反応です。こう見えて人の感情には敏感なので」

 「生理的反応ね…」

 光はどこか納得した様に呟くと、ようやく類の身体を解放する。

 「まるで肉体と魂は別物みたいな考え方すんのな」

 「そりゃ貴方みたいな人に触られたり、甘い言葉を囁かれれば反応しますよ、でも、心は違います」

 類は洋服を正すと、ベットの上へと座り直す。

 「心か、俺の一番苦手な分野だ…」

 光はどこか残念そうに呟くと、ようやくベッドから降りた。

 「お前って案外簡単じゃないのな。正直驚いた…。まぁそこが面白くていいんだけどね」

 「面白い…ですか?」

 「あぁ、最高に…。色々と初めての経験だよ」

 そう。

 今までになかった。

 こんなにも、容易く嘘を見抜かれてしまうことなんて。

 「まぁ、いいや。そんなことより、飯何がいい?」

 「ご、ご飯とお味噌汁と納豆がいいです」

 「和食派かよ…」

 これまた予想外の展開に光は頭を掻く。

 (今までの女は洋食派だったんだけどな…)

 ましてや、匂いの強い納豆なんて所望されたことは一度もない。

 (全然、意識されてねぇってムカつくな)

 光は心の中でそう毒付くと、起きて早々に納豆の買い出しへと向かうのであった。
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