性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
第十二章【堂上の依頼と烏天狗】
 「鴉天狗を続けたい?」

 朝食を食べ終えた類は、意を決して昨晩考えていた事を光に伝えてみる。

 「だ、だってそうじゃないと皆んなに会えないですし…」

 光は類の言葉に顔を顰める。

 「学校じゃねぇんだけど?」

 「わかってます。そんなこと…、でもまだ始めたばかりだったし、もっと経験値積みたいというか、と、とにかくまだ辞めたくないんです!社に戻りたいとはいいませんから、鴉天狗だけはもう少し続けさせてもらえませんか?」

 そうでないと、このまま一生ここで光と二人きりのままである。

 「ここは居心地が悪い?」

 「いえ、そういう訳では…」

 「じゃあ、別にいいじゃん」

 光はどこか拗ねた様に呟く。
 
 「やっぱり…、駄目ですか?」

 「別に、駄目じゃねぇけど…」

 残念そうに肩を落とす類の姿に、光は少々困った様にため息を吐く。

 「そんなに、あそこで働きたいの?」

 「ええ、できるなら」

 「囮の仕事と他の仕事を掛け持つって結構しんどいと思うけど、それは理解できてる?」

 「はい。もちろんです!」

 このまま一生、ここで飼いならされるのは御免被りたい。

 「それに、お金も貯めておきたいですし…」

 類はどこか不安そうな表情で、目の前に置かれたコーヒーカップを見つめる。以前ほどではないが、昔の類はこのコップ一つ買うことも出来ないくらいに、困窮していた。

 「あぁ、そう言う事…」

 光はどこか納得した様に呟くと、机に沿って一枚のカードを滑らした。

 「これって…」

 「俺のクレジットカード」

 「いや、わかりますよ!流石に!」

 そんな事よりも、類が驚いたのはそのカードのカラーである。

 「これって…、家を一括で買えるっていう…」

 俗に言うブラックカードという奴である。

 「なんでもいいけどさ、それお前に貸しておく」

 「は?!、正気ですか?!」

 「金の心配してた奴が言う言葉かよ…、とにかく、買い物が必要な時とか、好きに使え」

 光のとんでも発言に、類は素直に戸惑いの表情を見せる。今時、自分のカード(ブラックカード)を自由に使えだなんて、セレブかハリウッド俳優くらいしか思いつかない。

 「でも、それじゃあ光さんが…困りませんか?」

 「俺はもう一枚のカード使うから問題なし」

 光はそう言うと、もう一枚のカードを取り出して見せる。

 「だから、金の事なら心配する必要はないんだけど…、それでも烏天狗で働きたいの?」

 光は掌でカードをもてあそびながら尋ねる。

 「も、もちろんです!」

 「なんで?」

 「それは…、また、みんなと会いたいんです…」

 「だったら、電話でもいいだろ…」

 「連絡先…、交換し損ねちゃって…」

 類は、小さな声で呟く。色々な事があり過ぎて、連絡先を交換する事をてっきり忘れていたのだ。

 「じゃあ、俺が教えてやる」

 「そ、それは嫌です!」

 「だから、なんで?」

 類の言葉に光は心底面倒そうに尋ねる。

 「だ、だって、ちゃんと本人と仲良くなって交換したいじゃないですか…。なんか又聞きって軽い感じがしてしまって…」

 せっかくなら、自分から尋ねて親睦を深めたい。

 「…お前、何か変わったな」

 先程まで弄んでいたカードを仕舞うと、光は机に肘をくつ。

 「へ、変ですか…?」

 「いや?、変じゃないけど…」

 何かいいたげな光の表情に類は首を傾げる。

 「何をそんなに話すことがあんだよ…ってか仕事中は私語禁止なのわかってる?」
 
 「わかってます!休憩時間なら別に話したって問題無いでしょう?」

 「休憩は時間ずらして入ってもらうんだけど?」

 「じゃ、じゃあ帰り道とか」

 「帰りは俺が迎えに行くから却下」

 「…それなら、早く出勤します!」

 「出勤時間も俺と合わせてもらうから、それも却下」

 「じゃあどうしろって言うんですか!」

 ああ言えば、こう言う光の態度に類は顔を顰める。

 「お願いします!仕事はちゃんとやりますから!」

 「…」

 小さな子供の様に瞳を潤ませながら、懇願する類の姿に光は盛大にため息を吐く。

 「わぁった、わぁった。そん代わり、後でしんどいだの、疲れたの言うのは無しにしろよな」

 光はどこか諦めたように頭をガシガシと掻くと席を立ちあがった。

 「お前を烏天狗の社員として雇ってやる。そん代わり、出勤の調整は俺が行うし、送迎も俺がやる。囮の仕事もあるからな…」

 光はそういうと、引き出しから一枚の紙切れを取り出した。

 「何ですか?これ?」

 「雇用契約書。見たことない?」

 「ずっと家事手伝いみたいなことしてましたから、ないです」

 「まあ、そうよな…」

 少し表情を曇らせた類に、光は言葉を濁す。

 「一応、無期限で雇ってやるからここにサインして。住所はまだ移してないから、ひとまずここの住所でいいや」

 「住所…」

 「何?」
 
 「あ、いえ。その…今更なんですけど…私って今、どうなっているのかなって…」

 類は住所欄を見て呟く。

 「それは、自分が探されてるかどうかって話?」

 「はい。親戚の家からしてみれば私は今どこにいるかわからない訳で…」

 そう。今頃もっと警察総出で大騒ぎになってもいいはずなのに、恐ろしく静かで違和感すら感じる。

 「あぁ…、それなら、お前は引っ越したことになってる」

 「…どういうことですか?」

 「お前に印を結んだ後、俺が協会に手続きして裏からお前の存在を口外しないよう、手を回しておいて貰った。故に警察に捜索願いは出されていないし、住民票の移動も自由自在だ」

 「じゃあ、親戚は…」

 「協会から多額の現金を貰って何不自由無く暮らしてる…。聞いた話によると、介護が必要なご婦人は綺麗な老人ホームに移れるとか何とかで大喜びしてたらしいな」

 「そうですか…」

 類は少し寂しそうに呟く。

 「そうしない方が良かった…?」

 「いえ、そう言う訳では…、どうせ、もう帰る事もありませんし…」

 「そうだよな…、変なこと聞いてごめん」

 「何で謝るんですか?」

 いつもはそう滅多に謝らない癖に、こう言う時に限って光はすぐに謝罪の言葉を口にする。まるで、それは呪いの様にじりじりと類の心を蝕んでは底の見えない沼へと引き摺り込んでいくように、類の心を不安定にさせた。

 「…じゃあ、何て言えば正解?」

 「…そんなの、自分で考えて下さい」

 「…」

 「…」

 「そうだな…」

 光はどこか困った様子で明後日の方向を向く。

 「…」

 「…」

 「ちゃんと…」

 「…なんですか?」

 「いや、だから…」

 何故か、少し緊張している様に見えるのは類の気のせいだろうか?

 「だから、その…ちゃんと守るから」

 「…」

 光の言葉に類の瞳が揺れる。

 「俺が生きてる限り、お前の事は守るから…。だから、その…」

 類は光の顔を見つめる。頑張って正解の答えを叩き出そうとしているこの哀れな男に、少しの愛しさを感じてしまうのは、もう既に死期が近づいているためかもしれない。

 「あー、だからその…」

 「その?」

 「えーっと…」

 難しい顔をして唸る光の姿に類は思わず、吹き出してしまう。

 「…何か笑う事あったかよ」

 「いや…、その…なんか光さんって面白いなって…」

 類はお腹を抱えながら、必死に笑いを収めようとする。

 「はぁ?!、おもしろかねぇだろ!人が必死で励ましの言葉考えてんのに…」

 「はい、はい」

 「お前な…」

 「あ、でも、それも女の子を落とす演技の一つだったりします?」

 類の質問に、光は分かりやすく不愉快な表情を見せる。

 「演技じゃねぇし、別に今のは狙ってねぇよ、バーカ」

 そう言ってそっぽを向いて座り込んでしまった光の姿に類は再びお腹を抱えて震える。

 (あークソ、気にしてやるんじゃなかった…)

 この日の出来事が、光の人生最大の汚点となったことは彼だけの秘密である。
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