性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 「じゃあ、早速だけどここについて簡単に説明をするね。ここは元々精神に闇を抱えた人達が集まる療養施設だったらしい。ただ、その管理はかなりずさんだったみたいでね、結局、昭和初期には国が介入して閉鎖する事になったんだ」

 堂上の説明に一同は耳を傾ける。

 「その後、とり壊し工事が行われる筈だったんだけどね、何故か工事業者がここに来る度に、怪我や病に見舞われて取り壊せなくなってしまったらしい。そこでこの前、協会に依頼が入ったって感じさ」

 「その割には随分と少数だな…、俺はてっきりもっと囮を連れてくるものだと思ってたけど…」

 光は二ノ宮の背後で佇む、囮と思わしき人物を一瞥する。

 「だから、君達に仕事を依頼したのさ。今はどこも囮も不足だから…」

 堂上はそう言うと、玄関前へと一同を誘導すると、玄関の扉を開いた。

 「さて、説明はこれでお終い。僕と二ノ宮君は君達が入って暫くしてから入るから…」

 堂上の言葉に数名の囮と思わしき人物達が扉の前に集合する。

 人数は類と光を含め五人。始めてみる自分以外の囮の姿に類は少し緊張した面持ちで扉の前に立つ。

 皆年齢は様々で、下は二十代くらいの青年から上は六十代くらいの女性が参加している。光の事前情報によると彼らは協会と直接契約している囮で彼らの婚約者ではないらしい。

 「じゃ、じゃあいきましょうか…」

 年長者らしき女性が弱々しく呟く。

 「そ、そうですね…、よろしくお願いします」

 意外にも皆んな物静かで穏やかそうに見えた類はホッと胸を撫で下ろす。

 今までキャラの濃い陰陽師とばかり関わっていたせいか、この普通な感じが妙に心地よく感じるのは気のせいだろうか。

 どこか、遠慮気味に屋敷の中へと足を踏み入れていく囮達に、光はふと何か思い出したかの様に類の耳元へと顔を寄せる。

 「いいか?、入ったら絶対俺から離れんなよ…」

 「は、はい…」

 突然、耳元で囁かれた言葉に類は驚きつつも、ゆっくりと頷いた。

 一同が洋館内へと足を踏み入れると、大きなエントランスが五人を出迎える。

 目の前には大きな階段が三方向に張り巡らせられ、そのどれもが別室へと続いていた。

 (…意外と綺麗?)

 もっとお化け屋敷の様な内装を想像していた類はその光景に面食らう。

 屋敷内は電気は付いていないが、それほど怖さを感じない。それどころか下手したらまだ誰かが住んでいるよな感覚に陥る。

 「な、何かとても綺麗ですね…」

 五人の内のサラリーマンらしき男が呟く。

 「た、確かに綺麗っすね…、俺もっとお化け屋敷みたいなの想像してたっす」

 二十代くらいの男が答える。

 類も二人の反応に共感を示すと、男達はどこか優しげに微笑んだ。

 「で、どうしましょうか…?皆んなでいつもの如く一部屋ずつ周ります?」

 先程の女性が遠慮気味に尋ねる。言葉尻から今回の仕事が初めて、という訳ではない様である。

 「そうですね…でもこの広さ、皆んなで周っていたら、かなり時間がかかってしまいますよ?ここは二手くらいに分かれて…」

 「いや、それは危険だ」

 サラリーマン風の男が意見をいいかけた時、光は唐突に話を遮る。

 「そ、そうですか?」

 「えぇ、貴方のご意見も理解できますが、今日は俺もいる事ですし…、いつも通り皆んなで周ってみてはいかがでしょうか?」

 やけに丁寧な話し口調に、類は光の顔をまじまじと見つめる。

 (いつも、それくらい丁寧だったらいいのに…)

 最近わかった事であるが、光は関係の無い他者に、かなり気遣いの出来る男である。

 それは、この前の鴉天狗での一件もそうであるが、他の場面でも特に無関係な他人には、とことん親切で丁寧である。
 
 (まぁ…、だからモテるってのもあるのかも…)

 人気のカラクリに何となく気づいてしまった類は、鴉天狗に通い詰めるファン達の顔を思い出す。彼女達もきっと、通常運転の光を見たら少し幻滅するに違いない。

 「何?」

 「あ、いや何でも!」

 まじまじと顔を見つめてくる類に光は訝しげに首を傾げる。

 「じゃ、じゃあそうしましょうか?、せっかく強そうな陰陽師さんもいる事ですし…」

 サラリーマン風の男は人の良い笑みを浮かべると、他のメンバーにも賛同を求める。

 「えぇ、そうしましょう」

 「そうッスね」

 一同はその意見に賛成の意を示すと、ひとまず下の階から順番に様子を見て周る事にした。

 「そういえば、自己紹介がまだでしたね…、私は新井勉といいます…よろしく」

 サラリーマン風の男は小さく頭を下げる。

 「俺は高橋健太ッス。よろしく」

 新井に続いて礼二とよく雰囲気の似た高橋が小さく頭を下げる。

 「わ、私は筒井郁子…、よろしくお願いします」

 筒井はどこか遠慮気味に頭を下げると、光の隣に立つ類に優しく微笑む。

 「私は南雲類です!よろしくお願いします!」

 類もそれに釣られて頭を下げると、三人は「よろしく」と丁寧に返事をした。

 「…」

 「えっと…」

 今の流れからすれば、次は光の出番であるが、光は何故か遠くを見つめたまま黙り込んでいる。

 「あー、この人は…」

 類は慌てて光の名前を伝えようとした。しかし、何故かそれを阻止するように口にチャックをかけられる。

 「んぐっ!」

 咄嗟に、以前礼二がかけられていた術の存在を思い出した類はうらめしげに光を睨みつける。
 
 「駄目だよ、類…。怨霊がいるかも知れない場所で不用意に名前を口にしちゃ」

 「…?」

 「ほら、来ちゃったじゃないか…」

 光は構えの姿勢を見せると、その場で素早く印を結ぶ。

 
 「【我らは尊き魂なるぞ、いまここに守護の術を顕現せよ】」

 次の瞬間、類と光の周囲を守る様に無数の札が壁の様に二人を包み込む。それと同時に札の外を何者かが走り回る音が響きわたる。まるで無数の何者かが、札の周りを這い回る様な気味の悪い音に類は思わず耳を塞ぐ。
 
 「【我が守護者よ、悪しき者、邪の波動を即刻打ち消し、この場に静寂をもたらせ…】」

 光は再び呪文を唱えると、先程とは違う印を結ぶ。

 すると、ようやく術の効果が現れたのか徐々に気味の悪い足音は遠のいていった。

 光はそれを察知すると、素早く全ての術を解除し周囲の状況を確認する。

 「…ックソ」

 光の反応に類は、ゆっくりと光の視線の先を見つめる。

 そこには、先程まで穏やかに自己紹介をしていた者達の身体が転がっていた。
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