性悪陰陽師は今日も平気で嘘を吐く。
 類はその光景に、絶句する。

 「見るな」

 光は慌てて類の視界を塞ぐ。

 「…あ、あぁ」

 しかし、類は気が違ってしまったのか意味のない言葉を呟き続ける。

 「あ、…あれ、あれ…」

 光は類を抱きしめると、なんとか宥める様に背中をさすってやる。

 「類」

 「あ、あれ…、人…、身体が…」

 「落ち着け」

 「さっきまで…、話してた…」

 「類、」

 「…か、身体が」

 「【類!】」
 
 光の言霊に類はようやく反応を示す。

 「落ち着けないのはよく分かる。でもここで錯乱すれば相手の思う壺だ」

 光はそう言うと、ゆっくりと類の顔を覗き込む。

 「お前は大丈夫だ。俺がいる…、だから少し冷静になれ」

 光の言葉に類はようやく、頷く。

 「よし、いい子だ…。じゃあ、一度別の場所に移動する」

 光はそう言って周囲を警戒すると、類を出口とは反対の方へと引っ張っていく。

 「エ、エントランスはあっちですよ…?」

 「そっちは罠だ」

 「罠…?」

 すると、光は足を止めた。

 「気づかなかったか?ここは、もう既に、あの世とこの世の境目…、お前も何回か行ったことあんだろ?」

 光の言葉に類は恐る恐る周囲を見渡す。確かに、先程と違ってどことなく不気味な雰囲気があるのは境目独特の特徴なのかもしれない。そして、何よりもこの世界には不要な雑音が無い。

 「境目…、まさか…、取り込まれちゃったんですか…?」

 類は不安そうに尋ねる。

 「みたいだな…、まあ厳密にはまだ取り込まれてる最中って感じだけど、見たところ空間がかなり捻じれてる」

 しかし、光は大して驚く様子もなく、冷静に状況を判断すると突然人差し指をペロリと舐めた。

 「な、何してるんですか?」

 「風向きの確認」

 光はそう言いながら人差し指を立てて、風向きを確認する。

 「風向きって…ここ境目ですよね…?」

 風など吹いているのだろうか…?

 すると、光は何か察した様子で類に質問を投げかける。

 「お前がここで生きてるのは何故だと思う?」

 「え…、うーんと…、光さんが居るから?」

 「バーカ、そうじゃねぇ、お前も俺も息をしてるからだ…」

 光は慎重に風の位置を確認しながら、長い廊下を手さぐりに進んでいく。

 「そ、それが何か関係あるんですか…?」

 「息ができるのは空気があるから。空気があるということは、まだ「この世」に近いということ。風は地球の法則に従って温度差と気圧差で発生している。となると、その風を辿っていけば外に出られる可能性は極めて高い…。エントランスには隙間風が吹いていたからな」

 「はあ…」

 いまいち理解の追い付いていない類の表情に、光は小さくため息を吐く。

 「とにかく、俺についてくれば問題無しってこと…」

 光はそう言って微笑むと、力強く類の腕を引っ張った。

 一寸先は闇だというのに、何もかも見透かした様に廊下を進んでいく光に、類は少しの安心感を取り戻す。

 「光さん…」

 「ん?」

 「ありがとうございます…」

 「何が?」

 光は前方を見つめたまま、尋ね返す。

 「いや、その…、今日一緒に来てくれて…」

 本来であれば自分勝手に引き受けてしまった仕事。きっと一人で行けと突っぱねられると思っていた類は、嫌々ながらも一緒に来てくれた光に感謝の思いを伝える。

 「別にいいよ、これが他の女だったらごめんだけど…」

 いつも通り、毒づく光に類は思わず吹き出す。

 「毎回思うんだけどさ、お前の笑いのツボってどうなってんだよ…」

 隣で、クスクスと肩を震わして笑う類の姿に光は溜息を吐く。
 
 「すみません…、でも、何ていうか…、光さんが言うと全部口説き文句に聞こえてしまって」

 そう。何故かこんな場面でも光の放つ言葉には何か小さな裏があるように聞こえてしまうのだ。

 「…だったら、どうする?」

 「…へ?」

 突然、くるりと体の向きを変えて光は立ち止まる。

 「俺が、お前を本気で口説いてたらどうすんの?」

 てっきり、また怒られて終わるものだと思っていた類はまさか過ぎる展開に変な緊張感を覚える。

 「な、なに言ってるんですか?冗談はよして下さいよ」

 類は笑いながら反応を返すと、光は酷く真剣な表情で類の腰を引き寄せた。

 「冗談じゃないけど?」

 「…」

 「ねぇ、どうすんの?教えてよ」

 腰を引き寄せられたことによって、一気に光との距離が近づいた類は、いつもとは違う光の表情に視線を奪われてしまう。

 「どうするって言われても…」

 「俺はお前と一緒だったら地獄の底だってついて行くよ?」

 「そんなこと…」

 「嘘だと思う…?、冗談だと思う?あぁそうだよな。俺だもんな…、信用できないよな。でも、俺にはもうお前しか居ないからさ…」

 光はそう言うと、一層強く類の腰を引き寄せ顔を近づける。

 「だから、お前に好かれたいし、お前にもっと依存されたい。お前の中が俺で一杯になるまで俺はお前を口説くよ?」
 
 「私の中が…、光さんで一杯になるまで…」

 光の言葉に類は少し不安そうに光を見つめる。

 「…何?」

 何か言いたげなその視線に光は目を細める。
 
 「いや、その…、そしたら、光さんの中には何が残るんだろうって…」

 「…は?」

 意外な反応に光の瞳が揺れる。

 「だ、だって、それだと光さんばっかり女の子に尽くして、与えて…、女の子は唯受け取るだけで…」

 とても感覚的な表現だが、光はどこか不思議そうに類の話に耳を傾ける。

 「…それだと、駄目なの?」

 「駄目じゃないけど…、それって幸せですか?」

 「…」

 思わぬ質問に光は押し黙る。

 「わ、私、恋愛とかしたことないけど…、愛って片方が与えるだけだとバランスを崩してしまう気がするんです…」

 「…だったら何?」

 「だから、その口説き文句は、いつか光さんに愛を与えてくれる素敵な子の為に取って置いてあげて欲しいんです…」

 「…それは、お前じゃダメなの?」
 
 光はどこか不安そうに尋ねる。

 「私は…、多分駄目です…」

 「どうして?」

 「だって…」




  私は囮でしかないから…。

 
< 80 / 131 >

この作品をシェア

pagetop